Nr. 7 大人の誕生日
新しい年になって「今年こそはドイツ人との親睦を深めよう」と決意を新たにされた方も多いかと思います。
そこで今日のテーマは、「大人の誕生日」。社会人として職場や近所でドイツ人とお付き合いする上で、実はとても大きな役割を果たしているのですが、意外に見落とされることが多いようです。日本的な感覚で「お誕生会」と聞けば、親戚や友人に祝ってもらうプライベートなイメージがあって、「子どもっぽい」と感じやすいからでしょうか。ですが、ドイツ語圏での誕生日は、誕生日を迎えた本人が、それまでお世話になった人に大盤振舞いをするような、れっきとした公式イベントとして期待されていることが多いのです。
南ドイツの農村に行けば、今でもいたるところで誕生祝いの原型に出会うことができます。農家の主が40歳、50歳、60歳といった「丸い誕生日(Runder Geburtstag)」を迎えると、敷地の周りの垣根には色とりどりの風船が飾られ、紅白の短冊をつけた高さ4~5メートルもある一本杉が門の前に立てられ、迎えた年齢の数と同じ数字の時速制限の交通標識が玄関に掲げられます。お祝いの当日には中庭、納屋あるいはガレージに、大きなビアガーデン用のテーブルがいくつも並べられます。親族、知り合い、近所の人が仕事の合間に姿を現しては祝辞を述べ、誕生日を迎えた本人 (das Geburtstagskind)はそのお礼としてバイキング形式で準備された飲食を振舞います。
40、50、60歳の恰幅のよいドイツ人男性が、可愛らしい風船を何十個も家に飾っていることを不思議に思われる方もあるでしょうが、何を隠そう、ゴム風船の前身は豚の膀胱(ぼうこう)。お祭りのたびに風船が登場するのは、祝い事があれば豚を屠殺し、村中に「大盤振舞い」をする風習があったからなのです。ごちそうにする豚の数が多ければ多いほど、子どもに与えて遊ばせたり、家の前に掲げる豚の膀胱もたくさんあったわけです。
農村の誕生日の大盤振舞いには、招待状はありません。家の前に大きな杉の木が立ち、風船が出ている間は、顔見知りならば誰でもいつでも家に上がりこみ、お祝いを述べた後に好きなだけ飲み食いをし、家の人としゃべっていけばよいことになっており、自分を大切に思ってくれている人全員が都合をつけられるよう、 数日間続けて祝う人も珍しくありません。
都会ではもちろん、自宅を開放するような「大盤振舞い」は姿を消していますが、考え方の基本は同じです。めでたく誕生日を迎えた者は、自分の社会的地位相応の「福分け」を期待されています。
子どもであれば、学校にお菓子を持参して同級生に分け、友だちを家に招待したり、社会人であれば、親しい人を自宅やレストランに呼ぶほか、職場では同僚にサンドイッチやお菓子を食べてもらうことになります。
オフィスのドイツ人秘書が、ある日突然デスクの上に大量のケーキやサンドイッチを並べてみんなに配っているので驚いた日本人駐在員の方もおられるかと思います。こんな場合は、「今日はあなたの誕生日ですか」 と聞き、肯定されたら「おめでとう(Herzlichen Glückwunsch)」と祝ってあげ、勧められたものは遠慮なくいただけばよいのです。中にはシャンペンを開けている人もいますが、もし日本企業が職場での飲酒を絶対に容認したくない場合は、あらかじめ「この職場では祝い事があってもアルコールは厳禁」であることを周知徹底しておけば、従業員も納得してくれるでしょう。
日ごろ付き合いのある取引先の人の誕生日は、本人に聞くのではなく(聞いてしまうと「招待してくれ」と催促していると解釈されかねません)、その人の秘書に聞くとたいていの場合は教えてもらえるので、その日に合わせて電話をかけて祝辞を述べたり、カードを出すと喜ばれます。気のきくドイツ人秘書であれば、取引先の要人や上司の誕生日を周到に把握しており、指示さえあればその日にあわせてプレゼントやカードを送れるよう手配してくれます。
反対に直接の上司の誕生日については、事前に部下や同僚がプレゼントを用意している可能性が高いので、上に立つポジションにある人は、当然、自分の誕生日には、「覚えていてくれてありがとう、お礼に今日はこんなものでもどうぞ」といって差し出せるだけの飲食を用意していることが期待されます。
ある程度の社会的地位を築いている現役男性が50歳、あるいは60歳の誕生日を迎える場合は、職場で部下に対して分相応の食べ物を振舞うだけでなく、別途同格の人を何十人も招待するような盛大なパーティーを開いて当然と考えられています。レストランやホテルのホールを借りて行うそのようなパーティーが億劫な人は、事前に「パーティーは嫌いなので内輪で祝う」などと公に宣言して、当日誰にも会わなくてすむようなタイミングで海外旅行に出かけたり、電話のないセカンドハウスに逃げたり、一日中居留守を使ったり、と逃げるのに一苦労しているようです。
日本ではそれほど意識されない誕生日も、ドイツでは社会とのつながりを確認する機会と受け止められています。積極的に活かし、周囲との連帯を強めてみてはいかがでしょう。
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