ジャパンダイジェスト

Nr. 14 ドイツ人社員に残業を頼む

ドイツ人社員に残業を頼むドイツ人と一緒に仕事をしている人なら、経験済みの方も多いと思います。うっかり終業間際に職場のドイツ人に何か頼みごとをしたら、あっさり断られ、帰られてしまった。あるいは、雰囲気がいきなり険悪になり、冷や汗をかいたこと。

そこで、今回のテーマはドイツ人社員への残業の頼み方です。一言間違うと、その場が凍ってしまう危険もありますが、一見融通のきかなさそうに見えるドイツ人でも実は「そうか、それなら残業もやむをえない」と納得すれば動いてくれるのです。

日本人とドイツ人が行き違いやすいのは、人格とか性格といった個人レベルとは無関係に、それぞれ「時間」と「課題処理」の関係が根本的に異なる社会に身をおいているからです。西洋と東洋では課題処理のスタイルに根本的な違いがある、ということを知っておく必要があります。

前回の合理的な家事のやり方の話でも説明しましたが、ドイツ人は、一日にやらなくてはならないことを、「時間レベル」でとらえ、順番に片付けていくことがよいことだ、と考えています。お店などでもよく見られる光景ですが、次の客の相手をする前に、前のお客のために出した品物をゆっくりと片付けている店員さんにいらいらさせられたことはありませんか。

でも、こうした方がミスが少ない、という社会全体の共通認識があるので、お客も納得して待っています。いずれはやらなくてはならないことのための時間は次の課題が迫っていても必ずとらなくてはならない(Diese Zeit muss man sich nehmen)、と言われて育てられているのです。課題を並行して処理し、優先順位の低い作業を「合間」に片付けることによって時間を有効に使おうとするのは、実はとても東洋的なことなのだそうです。

社会全体、生活全体が、あらゆることの所要時間を大体見積もった上でそれだけの時間は確保し、一定レベルの状態を常に保つという仕組みになっており、メリットがあると判断しているので、そのやり方でみんな納得して暮らしています。

結果として、あなたの同僚のドイツ人社員は、予想外に会社の帰りが遅くなる、といったことが、実はその人の「計画性のなさ」、つまり人格的な問題として扱われるような社会に身を置いている、ということになります。

もちろんドイツにも臨機応変に対応しなくてはならない、とされる職種はいくらでもありますが、その場合には、柔軟に対応できるような時間も、あらかじめ確保した上で、計画しようとするのです。日本的な常識で臨機応変な対応を期待して物事を頼んだときにドイツ人から抵抗にあうのは、「予期できない仕事でも、最初から計画の中に盛り込んであるべきだったのに」、という反発が生まれたときが多いでしょう。

残業を依頼するにあたってきちんとした説明がないと、急な用事を頼まれても、「これは、頼む方が仕事をきちんと計画していないから時間調整ができず、それを人に迷惑をかけて調整しようとしているのだろう」と誤解されてしまう恐れが出てきます。

ですから残業を頼むときには、違いを踏まえた上で、十分なコミュニケーションをとり、頼む側の計画性を強調して、変な誤解が生まれないようにすることがポイントになると思います。

あらかじめ忙しくなるとわかっている時期、つまり来客や出張が予定されていたり、レポート提出の期日が迫っていたり等々、残業なしには調整できない場面が予想される時期については、いついつの第何週には時間外労働のための時間を確保しておいてほしい、と早めに予告しておく。残業が多い職種では、あらかじめ採用のときに、時間的な柔軟性を望む、と条件をつけたほうがベターでしょう。

その日にうちに片付けなくてはならないと分かっている課題は、できるだけ早い時点で指示を出す。たとえば、会議の報告書は、その日の内に作成して提出してほしい、とか。その人が、会社外の人付き合いで信用を失ってしまわないようにする配慮も必要です。そのためには、アフターファイブに何か約束ごとがあったとしても、早いうちに断れるようにしてあげなくてはなりません。

予期しない事態が発生して物事を頼むときには、いかに急な事態であるか、相手に伝えましょう。雇用主の人員計画が甘かったわけでも、仕事の指示の仕方が下手だったわけでもなく、また契約上の仕事の内容と実際が一致せずに搾取しようとしているわけでもない、ということさえ分かれば、ドイツ人だって残業してくれます。

残業を頼んだ際に怒って断られるのは、「もっと早く分かって準備していれば、ちゃんと時間内にできたはずだ」と思われたケースが多いでしょう。そう思わせないようにすることが肝腎なのです。

もちろん、どれだけ言葉を尽くしても、すでに何か予定が入っていて、どうしても残れない、と言われてしまうこともあるかも知れません。そのような時には、残念だけれど仕方がない、とあっさりあきらめるべきです。相手が残らないことに対して、お説教のようなことをしても、無駄でしょう。相手は、ドイツ社会で信用を落とさずに暮らしていくことのほうが大事だと思うに違いありませんから。もし、その人が決められた時間にはちゃんと働いているなら、その枠内で仕事が完了できるような指示を出さなかったほうが悪い、ということになってしまうだけです。

計画性を重視する社会では、計画通りに余暇を取ることも仕事を優秀にこなしている証拠とみなされます。内閣も議会も中央銀行の役員も、しっかりと夏休みをとるのはそのためです。

逆に、雇用主の方も、日中は能率の悪い人が、夕方遅くまで残って仕事をしている場合は、それは勤勉ではなく単なる怠慢だと解釈し、注意を促すべきでしょう。そうやって残業している人を、あっさり帰宅する人よりも「やる気がある」と誉めたり、優遇してしまうと、社内の雰囲気にも悪影響が出ますのでご注意を。

いちいち予告するのは面倒だ、と思われるかもしれませんが、 Die Zeit muss man sich nehmen!そのための時間さえ確保されていれば、臨機応変の対応も確実に保証できるのです!

 

ひとことKönnten Sie nächste Woche etwas länger bleiben?
残業の必要性が予想されたら、早めに相手の都合をチェック、調整を依頼しましょう。そして、なぜ契約時間内では処理しきれない可能性があるのか、きちんと説明することが大切です。
Die Zeit muss man sich nehmen!
それだけの時間は、きちんと確保しておかないと!

 
 
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古川まり 東京生まれ。1979年よりドイツ在住、翻訳者、ライター。主な訳書に、アネッテ・カーン著「赤ちゃんがすやすやネンネする魔法の習慣」など。ドイツ公営ラジオ放送局SWRにてエッセイを発表
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