ジャパンダイジェスト

Nr.5 顔を持たない(?)日本人

伝統的なイメージには、それと競合しない程度に新しい情報が上書きされていくようです。そしてその際、大きな影響力を持っているのは、今でもテレビです。「インターネットの時代なのに本当かなあ?」と疑問に思われるかも知れませんが、インターネットは情報量が多過ぎるし、どれが本当にアテになるかわからないので、共通のイメージを作り出す力を持たないようです。(それにインターネットでは、意外に文字情報の割合が高いと思いませんか。テレビは映像そのものです)

実際の例を見てみましょう。富士山の裾野に生い茂る広大な樹林。カメラがズームアップするにつれて超近代的な建物が現れ、さらに寄ると、ローマ字で書かれた社名が見えてきます。有名なコンピューター会社の工場のようです。しかし映像は、工場そのものより屋上の方に向かいます。なにやら見かけないものがあって、その形が少しずつはっきりしてきます。現代技術の最先端を行くこのモダンな工場の屋上に、なんとお稲荷さんがあるのです。これこそが、現代の日本の姿だと言わんばかりです。表面は超近代的でも、実は前近代的なものを内に抱えている−これがそのメッセージです。

また、ドイツのテレビでよく見られる映像は、ラッシュ時の新宿駅です。分刻みでホームに到着する電車に、駅員が乗客を押し込むシーンが映し出されます。黙って運命に従うガマン強い日本人のイメージが定着しています。そして、きちんと時刻表どおりに運行する電車に象徴されるように、多少は非人間的であっても「機能する」社会というメッセージも伝わります。もう一つは、高い所から見下ろした渋谷の駅前交差点。スクランブル交差点の信号が青になると、ものすごい数の歩行者が一斉に動き出します。不思議なことに、急ぎ足の歩行者同士がぶつかることはなく、皆スムーズに動きます。圧倒的な人の多さ、それでも混乱なく機能する社会、これがもう一つのパターンです。

(C)Sae Esashi

これらに加え、「丁寧で礼儀正しく、いつも笑顔を絶やさない日本人」は心中を見せず、個性に乏しいというイメージを持っています。ドイツのテレビ番組で、まれに個性的な日本人が扱われる場合には、集団志向の日本社会からハミ出した例外的人物、個性ゆえに苦しむ人として描かれがちです。

顔を持たない、顔を見せないのが“平均的”な日本人という結論になるのですが、平均的な日本人、平均的なドイツ人とは何なのでしょう。ドイツに暮らしていると、個性豊かな(豊か過ぎる?)日本人にもよく出会いますが……。

 
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Koji Ueda ケルン日本文化会館館長
早稲田大学、筑波大学でドイツ文化および異文化交流を担当。NHKのテレビ、ラジオ「ドイツ語講座」元講師。留学や客員教授などを合わせた在独歴は十数年。ベルリン日独センター副事務長(日本側代表)を経て、2007年3月より現職。
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