ジャパンダイジェスト

ファーバー・カステル Faber-Castell

競合にもひるまない、高品質な1本

暖かな陽射しに誘われて、外に出てみる。日一日と新緑が深みを増し、チューリップ、デイジー、スミレの赤や黄色、透き通るような水色や冴えた白色が目に飛び込んでくる。

こんな日はちょっと絵描きの気分でお気に入りの色鉛筆に手を伸ばす。ファーバー・カステル社の24色入り、ドイツで暮らし始めた頃、彩りの美しさに惹かれて買い求めたものだ。その昔、天才画家ゴッホは、友人に宛てた手紙の中で、同社の鉛筆についてこう語ったという。「私が見つけたファーバー製の鉛筆は、大工が作った鉛筆に比べると格段に描き味が柔らかい。この鉛筆の黒は素晴らしく、描いているととても心地いいんだ」

ゴッホも絶賛したこの鉛筆は今から246年前、ニュルンベルクの郊外で産声を上げた。

父から息子、そして孫へ

鉛筆ケース
1907年頃に作られた鉛筆ケース
今日まで続くファミリービジネスの歴史は1761年にさかのぼる。ニュルンベルク近郊の町シュタイン(Stein)で指物業を営んでいたカスパー・ファーバーが、自宅で作った鉛筆をニュルンベルクの市場で売ったのが始まりだ。父の小さな工房はその後、息子に、そして孫にバトンが渡され、次第に本格的な鉛筆生産に向けた基盤が整っていく。

4代目を引き継いだローターは1849年、ニューヨークに初の海外法人を設立、続けてロンドン、パリにも支店を出すなど積極的に国外展開を進めた人物だった。彼の代に、世界で初めて芯が6角形の鉛筆が作られる。その硬度、長さ、太さが今日まで続く鉛筆の世界的基準ともなった記念すべき1本。ローターはその鉛筆に、2代目を担った祖父の名であるアントン=ヴィルヘルム(Anton Wilhelm)から取り、「A.W.Faber」の刻印を押すことを決める。世界初の鉛筆ブランドの誕生だ。


現在のロゴとなっている「鉛筆を持っ
た騎士の馬上試合」の図案
その後、経営の舵取りは息子のヴィルヘルムに委ねられるが、2人の息子を続けて亡くし失意に沈んだ彼は、妻と3人の娘を残し42歳の若さでこの世を去ってしまう。そのためローターは、ヴィルヘルムの長女である孫娘のオティリーが1893年にアレクサンダー・カステル・リューデンハウゼン伯爵と結婚すると、今後は会社名に「カステル」の名を付け加えるよう遺言に残す。こうして、バイエルン王室の許可の下、両家の性を合わせた「ファーバー・カステル伯爵家」が新たに誕生、今日にいたる会社名「ファー バー・カステル」が生を授かった。

ここで、同社のロゴの由来をお話しよう。手近に同社の鉛筆などがあったら、ちょっと見てほしい。中世の騎士が馬上試合をする光景が描かれているはずだ。でもよく見ると、騎士が手にするのは剣ではなくて鉛筆。「どんなライバル社にも打ち勝つ、価値の高い1本」を目指した先達の意気込みがそこには表れているのだ。1905年に誕生し、将来同社を代表することになる深緑色の柄がトレードマークの鉛筆シリーズ「CASTELL9000」に初めてその図案が刻み込まれ、現在にいたるまでロゴとして採用されている。

環境に優しいモノづくりを

森林保護プログラム
ブラジルで進む
森林保護プロジェクト
時代は移り2007年。欧米、南米、アジアなど世界16カ国に生産拠点、19カ国に販売網を持ち、従業員6500人を抱える世界的ブランドに成長した同社の指揮を執るのは、8代目のアントン・ヴォルフガング・フォン・ファーバー・カステル伯爵だ。1978年から先代を引き継ぐ現在65歳の伯爵は、80年代に入りブラジル南東部で独自の森林保護プロジェクトをスタート。当時荒廃していた1万平米に及ぶサバンナ地帯で木軸鉛筆の原料となる針葉樹の植林、育成に着手し始める。また1992年には、世界で初めて水性塗料技術を利用した鉛筆を開発するなど、環境に優しいモノづくりを推進している。

創業245周年を迎えた昨年には、連邦政府と経済界がイニシアチブをとるキャンペーン「アイデアの国、ドイツ」で、優れたアイデアを生んだ地の一つに指定されたほか、生誕の地シュタインには博物館「Alte Mine」が 開館。地元が誇る世界の名品のこれまでの歩みを広く人々に伝える試みが始まっている。

デザイン、オフィス用品から子どものお絵かきまで

アントン・ヴォルフガング・ フォン・ファーバー・カステル伯爵
看板商品「Castell 9000」を手にする
8代目アントン・ヴォルフガング・
フォン・ファーバー・カステル伯爵
ファーバー・カステル社の主力商品はもちろん鉛筆。看板をはる「CATSELL9000」を筆頭に、年間生産数は20億本と世界最大手だ。愛用者には、ノーベル文学賞作家のギュンター・グラス、シャネルやフェンディを手掛けるカリスマ的デザイナー、カール・ラガーフェルドなど有名人も少なくない。

商品ラインアップは、もちろん鉛筆だけにとどまらない。日常使いからオフィス使用まで網羅する筆記用品のほか、幼児や児童向けの画材用品も品揃えが充実している。ドイツの子どもたちは小学校の入学時に、お菓子や勉強道具が 詰まった抱えきれないほど大きなお祝い袋「Schultüte」 をもらう伝統があるが、同社が子どものために開発した軸が太めで持ちやすい鉛筆「ジャンボ・グリップ」 (JUMBO GRIP)を一緒に入れて贈る親も多いという。


1911年頃の工場風景
このほか、ドイツを代表する画家アルブレヒト・デューラーの名を冠し、深みのある色合いがプロにも定評のある水彩色鉛筆や、長時間使っても手が疲れないよう人間工学的に開発された三角形の軸と滑り止め用グリップがついた鉛筆「アートグリップ」(ART GRIP)なども人気商品のひとつ。最高級ブランドとして展開する「伯爵シリー ズ」(Graf von Faber-Castell)も本物志向を求める人に好評だ。

私たちの生活に溶け込み、書いて、描くシーンで子どもから大人まで幅広い世代が手に取る1本。これさえあれば、ゴッホみたいに、庭のチューリップもきっとうまく描ける…かなあ?

ファーバー・カステル社 www.faber-castell.de
Photo: ©Faber-Castell

 
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