ジャパンダイジェスト

ドイター Deuter

バックパックの開拓者


サイクリストとドイターの
バックパックは一心同体

抜けるような青空に、雲ひとつないサイクリング日和の日曜日。我が家の自転車好きの夫は朝ごはんも早々に、愛車の手入れに余念がない。そして今日も一日、彼のお供をするのは、ドイター社のバックパック。道中でつまむ携帯食など何でも詰め込めるすぐれもので、背負ったとたん持ち主と一体になる。いつから使っているのか本人も忘れてしまうほどの長いつきあいという、丈夫でタフな相棒なのだ。

始まりはヨットのセイルに布袋

日本にもファンの多いドイターは1898年、アウグスブルクでハンス・ドイターが創業した。今でこそドイツ製バックパックの代名詞ともなっている同社だが、始まりはヨットのセイルや布袋の生産だった。

当時のバイエルン王朝郵便局から配達用袋の製造を任されるなど、順風満帆に滑り出したドイターは、20世紀に入りいよいよバックパックの製造を開始する。ただその頃、中核となっていたのはテントのレンタル業だ。1920年には、ミュンヘンのビール祭り「オクトーバーフェスト」の会場で初めてドイターのテントが張られたという記録も残っている。

ヒマラヤ遠征隊と山頂目指す

「ナンガ・パルバット(Nanga Parbat)」は、ヒマラヤ山脈最西のはずれに位置する8,126mの峰。第2次大戦直前まで、ナチス・ドイツが執拗なまでに遠征隊を送り込み、遭難者数が30人を超えたという「魔の山」だ。そしてこれら遠征にテントなどの登山装備を提供したのがドイターだった。彼らの背には、1930年に開発され、今日の製品の原型ともなった伝説のバック・パック「Tauern」があった。

1938年、当時ナチス・ドイツの併合下にあったオーストリアの登山家ハインリヒ・ハラーが3人の山仲間と共に、ヒトラーが国威をかけたといわれるアイガー北壁(Eiger Nordwand)の初登頂に成功するが、そこでも彼らを陰で支えたのはドイターの製品だった。アイガー壁は、今では観光客でにぎわうスイスの登山鉄道「ユングフラウ鉄道」の途中駅となっているが、その切り立った崖を目の当たりにすると、当時いかに優れた登山装備が必要だったか、またそれらの装備を登山家がいかに重要視していたかを想像するのは難しくないだろう。ちなみにハラーは、映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」の原作者で、映画の中ではブラッド・ピットが主役として演じた人物だ。ご覧になった方も多いだろう。

通気性に優れた「エアコンフォート」


主力商品「Aircomfort」と通気性に配慮した
「Aircontact」のシステム

戦後、株式会社へと経営体制を変える中で規模を拡大し、70年代初めにはバックパック、スーツケースの分野で国内最大手に上りつめたドイター社が1984年、それまでの探究心の結晶として新たに発表したバックパックが「エアコンフォート(Aircomfort)」だ。軽量で耐久性に優れたメッシュをフレームに張り、背中とパックの間に空間を持たせることで通気性を保ち、熱の蓄積を防ぐ。長時間背負っていても汗で背中周辺が蒸れることなく快適なこのシステムは当時、世界のバックパック市場にセ ンセーションを巻き起こした。

同社はそれから12年後、3次元のエアーメッシュ素材を使用してさらに高度な通気性を可能にする「エアコンタクト(Aircontact)」システムを開発。バックパックのパイオニアとしての地位をより確かなものとしていく。

デイリーパックからベビーキャリアまで

ドイター社の強みのひとつは、その道のプロである登山家やガイドたちの実地体験に基づく貴重な意見を製品開発に生かしていることだろう。80年代以降、同社は開発チームに、イタリアの登山家ラインハルト・メスナーと共に世界で初めてエベレスト無酸素(ボンベ無し)登頂を達成したぺーター・ハベラーなど豪華メンバーを登用した。また近年にはドイツやフランスの山岳スキーガイド連盟とも協力体制を敷いている。


街中で見かけるドイター愛用者たち

さて、ここまで書いてくると、ドイターはまるで山登りのプロ御用達の製品かと思われる方もいるかもしれないが、それは違う。日本でも流行に敏感な若者層を中心に、カラフルなドイターのデイリーパックを下げた姿を見かけるが、ドイター愛用者の行動範囲の大半は山ではなく、むしろ街中だ。世界初となるサイクリング専用バ ックパック「Bike 1」のほか、スノーボードやハイキング用品など、ここ10年ほどの間にアウトドア分野におけるラインアップもぐんと充実した。ドイツの製品検定機関TÜVが初めて承認したというチャイルドキャリアも、ファッション感度の高い若いお母さんたちの間で人気が高い。ちなみに密かな人気商品はシュラフ(寝袋)。本来はもちろんキャンプ先で使用するものだが、筆者のある知人はゲストのための緊急ベッドとして室内で使っているという。重さは500グラムちょっと。りんご約2個分の軽さだ。

さて日が暮れる頃、ちょっと疲れた様子で夫が自宅に帰還。背中に乗っかったバックパックも、一日の役目を終えて何となくくたびれ顔だ。お帰りなさい、また次の 週末もよろしくね。

ドイター社 http://www.deuter.com
写真:ドイター社提供

 
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