アイグナー Aigner
ミュンヘンに花開いた革の温もり
長年の友であるペンケース。
革が手になじんでとても柔らかい
ニューヨークからミュンヘンへ
一つひとつ職人がていねいに
作り上げていく©Etienne Aigner AG
エティエンヌ・アイグナー(Etienne Aigner、1904- 2000)がミュンヘンに自前ブランドを立ち上げたのは、そんな時代だった。1904年ハンガリーに生まれ、パリで鞄とベルトの製造を始めた後、ニューヨークに渡ってモードデザイナーとしての活動を開始した彼は、50年に初めて鞄のコレクションを発表し、当時のモード界にセンセーションを巻き起こす。そして数年後、ミュンヘンの企業家ハイナー・ランクル(Hiner .H. Rankl)との運命的とも言える出会いに導かれ、大西洋を渡ったのだった。
65年、アイグナーは最高級レザーブランドとしてミュンヘンに根を下ろし、そこでやがて大輪の花を咲かせる。「ドルチェ・ビータ」の国イタリアの自由で大胆な気風を愛した彼にとって、ミュンヘンはまさに出合うべくして出合った理想の地だったと言えるだろう。
幸運をもたらす「A」のロゴ
プレステージブランドとして華々しくデビューを果たしたアイグナーに、当時まだ成熟しきっていなかったミュンヘンの社交界が熱い眼差しを向けたのは想像に難くない。そのころアイグナーの主催で行われた競馬レースは、ミュンヘンに縁があり、当時、まだ駆け出し女優だったウシ・グラス(Uschi Glas)も華を添えるなど、一躍社交シーズンのクライマックスとなっていた。
アイグナーと馬の蜜月関係は、トレードマークである「A」のロゴからも見てとれる。これは、アイグナーの頭文字である「A」と蹄鉄の形を掛け合わせてデザインされたもの。蹄鉄は、馬の持つ美しさと力強さ、そしてダイナミックでエレガントな要素を表すとともに、幸運のシンボルとしても知られている。同社はこう断言する。「『A』のロゴを伴ったブランドを一度選んだら、その後、ほかの馬に乗り換える必要はない」と。
職人が革に息を吹き込む
ひと針ひと針ていねいに施されたステッチの美しさに思わず見とれてしまうアイグナーの革製品は、創業当時から今日まで変わらず、皮革産業の本場イタリア・トスカーナ地方フィレンツェの工房で、職人らのきめ細かな作業によって生まれている。フィレンツェからシルクロードならぬ「レザーロード」を通ってミュンヘンに届けられる製品は、同社が「最高級レザーの代名詞」と表現するだけあって、その品質の高さは他社の追随を許さない。植物性タンニンでなめした子牛革は、手仕事の温もりとあいまって、毎日使われるうちに次第に深く、澄んだツヤと風合いに包まれていく。
また、アイグナーのブランドカラーと言えば「アイグナーレッド」。アンティーク感漂う濃厚な赤が定番だが、これにはトスカーナの大地が育んだワイン「キャンティ・クラシコ」へのオマージュが捧げられていると言う。
5月に東京でファッションショー
馬の優雅さ、しなやかさはアイグナーが
求めるもの ©Etienne Aigner AG
21世紀を迎えたいま、アイグナー社は、皮革製品、ファッション、アクセサリーの3部門を柱に世界40カ国以上に市場を持ち、さらに大きく飛躍しようとしている。
2000年にニューヨークで他界した創業者エティエンヌ・アイグナーの後を継いだミヒャエル・カム(Michael Kamm)最高経営責任者は、03年に“第2の故郷”ミラノでのデビューを成功させ、現在は日本の市場開拓を推進中だ。今年の秋冬物から伊藤忠商事と日本での独占輸入販売契約を結んだ同社は、それに先立ち5月には東京のドイツ大使館で、ドイツのファッションブランドとしては初となる大規模なファッションショーを開催。トップモデルの冨永愛など250名を超す華やかなゲストを前に、新たなコンセプト「インターナショナル・ライフスタイル・レザーブランド」を発信し、注目を集めている。
ヨーロッパで培われたクラフトマンシップの伝統を守りつつ、いつの時代もスタイリッシュかつモダンであり続けたいと願うアイグナー。ドイツのち密さを父に、トスカーナの自由な気風を母に持って生まれたこのブランドが次に咲かせる花は何色なのだろう。いつか機会を見つけて路面店を覗いてみたくなった。いまの私には「高嶺の花」だが。