ジャパンダイジェスト

Nr. 8 小学4年生は人生の分岐点

前回の「三分岐型教育システムとは?」でお話したように、ドイツの義務教育では少なくとも3つの方向で個性ある人材育成が行われています。

たとえばレアールシューレやハウプトシューレの生徒は、中学生くらいの年代でコンピューターグラフィックや計算ソフトの使い方、ビジネス英語、企業実習研修など、ビジネス社会で役立つ技能を学びます。一方、ギムナジウムでは古典文学や哲学、複数の外国語の習得、正しい答えよりも答えを導き出すプロセスの解明や、自分の考えをはっきりと表明して討論する力など、アカデミックな理論的思考力が鍛えられます。

子どもを早い時期に分別して教育するという考え方はドイツに古くからあるもので、昔は一握りの子どもがギムナジウムで学術的な、いわゆる“エリートコース”を歩み、大多数の子どもは技能習得に励んで10代後半で就職していました。今でもその基本的な枠組みは変わっていません。


イラスト: © Maki Shimizu

小学校を卒業してからの進路が3つに分かれますが、最初の2年間は『お試し期間』になっているので、合わないタイプの学校に入学してしまった場合には、途中で転校できます。

「うちの子は、今はギムナジウムレベルの成績だけど、これから学習難易度が上がるにつれて、もしかしたら付いて行けなくなるかもしれない。だから、まずはレアールシューレに行かせるわ」と言う親も少なくありません。けれども制度的に転校が可能とは言っても、実際に学校タイプを変更するのは思うほど簡単ではないようです。

私の知人の子どもは、レアールシューレ6年生の成績が抜群だったので、「ギムナジウムに転校しても良い」と教師から言われました。しかし、実際には希望する転校先で「空きがない」と断られていました。学校が変わることに子どもが消極的になって諦めたケースもあります。このシステムでは、たとえば子どもが「ギムナジウムに行きたい」と思っても、日本の受験と違い、「とりあえず入試にチャレンジしてみる」ということができません。つまりドイツでは日本のような“受験”がない代わりに、小学校を卒業する時点で自動的に次の進路先が決定されて、それによってどんな仕事に就くのかという将来の道も、ある程度定まってしまうと言っても過言ではないのです。


イラスト: © Maki Shimizu

ドイツの元大統領ホルスト・ケーラーはある新聞のインタビューでこう答えていました。

「4年生の担任教師が自分をギムナジウムに推薦したことで、私の運命は大きく変わった」

ケーラーは貧しい家庭の出身でした。家計を助けなければならないので、彼は早く働きに出ることを考えて、ギムナジウムへの進学は諦めていました。しかしケーラーには勉学の才能があったために、担任教師は彼をギムナジウムに進学させました。ケーラーはその後、ギムナジウムを卒業して大学で博士号を取得していますが、もしケーラーがギムナジウムに進学しなければ、恐らく大統領になることはなかったはずです。

子どもの進路を決定するのは小学校の先生で、小学4年生の前半の成績表に進路先が記入されます。子ども1人ひとりの成績と性格を配慮しながら、複数の教師が議論して決定します。親や子ども自身も希望を言えますが、「私たちはギムナジウムを志望したのに、学校側はレアールシューレを推薦した」というような意見の不一致はよくあることで、親と教師が協議しながら、最終的には教師が判断を下します。こうして10歳程度ですべての子どもが大きな人生の岐路に立たされてしまうのが、ドイツの義務教育の大きな特徴です。

 
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