「せっかくドイツにいるのに、子どもにドイツ語を学ばせようとしない日本人の親が少なくない」。これはドイツの教育関係者から聞いた話です。私の知人にも子どもをインターナショナルスクールに通わせている人がいます。その理由は、ドイツ語よりも英語の方が世界共通語だから。ドイツの日本人学校にはドイツ語の授業が設けられていますが、「ドイツ語よりも、もっと英語を教えてほしい」という親からの要望も聞かれるそうです。日本人学校の生徒の場合、近い将来日本へ戻る可能性が高いために、中途半端にドイツ語を学ぶよりは、受験に必要な英語を重視したいところでしょう。しかし専門家によると、ドイツ語をきちんと勉強した子どもほど、日本に帰ってから英語の上達が早いそうです。
ところで、ドイツの学校の英語教育には目を見張るものがあります。現地校育ちの女の子(日本人)は、7年生(13歳)にしてTOEICで600点を超えていました。英検2級にも合格しましたが、この子は学校の授業でしか英語を習っていないということでした。私の娘の場合、現地校の小学3年生から英語の授業が始まりました(小1から始まる州もある)。週2時間の授業で、初日から「Good morning, boys and girls」と英語漬けです。この日、娘は興奮気味に学校から帰ってきました。
「英語の時間にはドイツ語をしゃべってはいけないんだよ!」
イラスト: © Maki Shimizu
なるほど興味深い。ところで、英語の単語を1つも知らない子どもたちは英語をどう理解しているのでしょうか。最初の授業では数字の1から10までを英語で覚え、「あなたの電話番号は何?」という質問に答える練習。耳から学ぶ英語の授業です。
その3カ月後のある日、娘が2人の友達を連れて帰宅しましたが、突然1人が「Sit down, please!」「Be quiet, please!」と言い出しました。するとほかの子どもたちも連鎖的に英語を話し出したのです。その話しぶりは明らかに英語教師の真似でしたが、英語がスラスラと口から出てくるのには驚きました。娘の英語の先生はドイツ人ですが、子どもたちの英語の発音を聞いていると、先生がどの部分でアクセントを置いたり語尾を上げたりしながら発音しているかが手に取るように伝わってきました。英語の文法をまったく知らない子どもたちが、先生を模倣しながら“英語で会話”をしている姿に、ある意味、語学教育の原点を見た気がしました。子どもたちはただ真似をしながら、結果的に英会話を習得していました。学校では文法の説明も英語で行われるのですが、英語はドイツ語と似ているため、なんとなく意味が理解できるのだそうです。
その後、私の娘が日本の公立中学校の英語の授業を体験したとき、「ドイツの英語の授業とは全然違う」と言いました。日本では先生が日本語で解説し、生徒も日本語で英文法を学び、ときどきセンテンスを読み上げるだけ。これでは英語の授業ではないというのです。
私が、娘と自分を比較して実感していることは、外国語を聴き取る上で大人の耳は子どもの耳には敵わないということ。若い頃に聞き覚えた言葉は、本人が「ドイツ語はもう忘れた」と思っていても、大人になってからもう一度学び直すと、発音もイントネーションも驚くほど正確に再現可能だそうです。また、初めて知る外国語が英語でない場合は英語だけが外国語という認識が子どもの中からなくなり、世界観が自然と英語以外の国や文化に広がっていくことでしょう。
イラスト: © Maki Shimizu
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