夏目漱石に並ぶ明治の文豪、森鴎外はドイツとビールが大好きだったということをご存知ですか? 鴎外は幕末の島根に生まれ、飛び級をして東京大学医学部を19歳で卒業後、軍医としてドイツに4年間留学しています。語学堪能、医師でありながら当時を代表する作家でもあった鴎外。大天才だったのですね。
ドイツ留学中、彼はビールに並々ならぬ興味を持っていたようで、留学中の日記にはビールを飲んで楽しんだという内容が度々登場します。鴎外は生来の探求心と生真面目さから、ドイツ人軍医らに可愛がられていました。ドレスデンでは毎日のように酒場や集会所、友人宅を訪れてビール杯を交わしています。ミュンヘンでは友人らとオクトーバーフェストに繰り出し、修道院付属の醸造所を訪問しては「醸造長は僧侶で、よく太っていて豚のようだった。皆と大いに飲み、楽しんだ」とあります。鴎外は“飲みニケーション”でドイツ人の懐に深く入り込んでいったようです。
ルートヴィヒ2世が溺死したシュタンベルク湖。
事件は小説「うたかたの記」の題材になった
作中にも酒場が登場します。鴎外の留学中に起きたルートヴィヒ2世の溺死事件をモチーフにした「うたかたの記」は、ミュンヘンの酒場で日本人留学生と少女が出会うシーンから始まります。美大生でごった返す店内の賑わいや、民族衣装を着たウエイトレスが蓋付きの大きなジョッキを両手にいくつも抱えてテーブルに運ぶ様子の生き生きとした描写は、実際に経験した鴎外だからこそ成し得たことでしょう。
しかし、楽しいだけでは終わらないのが鴎外先生のエライところ。ミュンヘン滞在中に公衆衛生学の権威ペッテンコッファー教授の弟子であるレーマン氏の指導の下、「ビールの利尿作用」についての研究を発表し、観衆から大喝采を浴びました。ビールの利尿作用とは、ビールを飲むと摂取した量以上の尿が生成されるというもの。この作用はビール特有の成分ではなく、アルコールによるものであると突き止めたのです。ビールを飲むとトイレが近くなる、そんなことを明治の文豪が真面目に研究していたなんて、面白いですよね。
この後、鴎外はベルリンでエリーゼという名の麗しき女性と恋に落ちます。しかし、世俗的な利益と名誉を捨てきれず、彼女を捨てて日本に帰国したという内容を小説「舞姫」に仕立て、文壇デビューを飾るのです(本当だとすれば、女の敵!)。ともあれ、ドイツ留学中の経験をもとに描かれた「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」は格調高い文語で描かれた名作であることに変わりはありません。
彼は軍医として昇進する一方で文学活動にも精を出し、「ファウスト」「アンデルセン」などのドイツ文学を日本語に翻訳しています。未だ世界を知らなかった日本人にとって、鴎外の物語はヨーロッパを知る手掛かりになったことでしょう。現在、いくつかの作品はドイツ語に翻訳され、日独交流の先駆けとして紹介されています。
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