かつては多くのノーベル賞受賞者や文化人たちを輩出してきた誇り高きドイツの教育も、最近では大きく見直さなければならない事態となっています。そのきっかけの1つとなったのが、あの有名なPISAテストでした。2000年、世界各国でOECD(経済協力開発機構)による学力テスト『PISA』の第1回目が実施されました。これは15歳の生徒の学力を国際レベルで比較する調査で、日本やドイツを含め30カ国以上が参加。その結果、トップレベルの高成績だった日本に引き替え、ドイツはなんと下位レベル。この思いもよらない結果に、ドイツ人はショックを隠せませんでした。
イラスト: © Maki Shimizu
PISAの結果発表の次の日から、国内では学校教育への批判が一気に強まり、「なぜ成績が悪かったのか」とテレビでもラジオでも連日、専門家を交えた激しい討論が続いたものです。
「ドイツの子どもはバカになったのでしょうか?」。ラジオをつけるたびにそんな会話が延々と続いたあの日々から10年以上経った今日でも、ドイツでは「PISA」と聞けば誰もが「頭の悪さ」を直結的に連想してしまうほど、衝撃的な“事件”だったのです。ドイツ人はそれまで自国の教育に対して少し楽天的だったのかもしれません。
そして、PISA の結果が公表されて間もなく、学力アップを目指して教育改革の構想が打ち出され、学校側の準備も不十分なうちから実施され始めました。まず生徒たちの生活を大きく変えることになったのが、高校卒業までの修学期間を短くしたことでした。日本も含め、世界的にみた高校卒業の年齢は18歳。ドイツでは19歳でした。しかもドイツの場合は男子に兵役義務があったので、大学に入学する平均年齢は20歳を超えます。22歳前後で大学を卒業する先進国と比べ、明らかにのんびりとしたペースですね。
高校卒業が1年早まるというのは、考えてみればとても画期的な変化です。例えば日本の小学校は6年間ですが、急に1年間短縮して5年制になったと想像してみましょう。1年間分の授業時間数が単純に消えることになるのです。この影響を受け、学校生活はどのように変わるのでしょうか。しかも、授業時間が減る一方で、カリキュラム自体は学力アップを狙っています。
実際にドイツの現場で起きた変化としては、のんびりと勉強しているわけにはいかなくなったため、急に授業のペースが速まり、1日の授業数、学校で過ごす時間が大幅に増えました。学校で教えられない学習内容分は、すべて自宅に持ち込まれます。子どもたちには膨大な量の宿題を課されることになり、かなりハードな学校生活に。教師たちでさえも、消えた1年分の学習内容をどこへどう詰め込んでいいのか分からない状態。
イラスト: © Maki Shimizu
「今回の改革で、私たち教師も大混乱しています」。
保護者会では担任教師が疲労感漂う表情で報告するのでした。「明確なプランが手元にない」と先生は言います。早急な改革のため、消えた1年分をどのようにやり繰りすべきなのか。どの教師も初めての状況に戸惑い、ただ焦る気持ちで授業の進め方だけが速くなっていったのです。
学校の問題が浮上すると、教師の怠慢などと一緒に語られることもある「マイペース好きなドイツ人の教員たち」。彼らがマイペースに授業をできない状況に追い込まれていく姿を、私はこの10年間ほどずっと見つめていたように思うのです。つまり、私の娘はこの学校改革の波をもろにかぶって学校生活を送ることになったのでした。
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