「海賊党(Piratenpartei)」とは何か、ご存じですか? このユニークな名前を最近よく耳にするという方も多いのではないだろうか。海賊党は1つの政党であり、現在、若者を中心に急速に支持を拡大している。海賊党のマニフェストとは? そして、支持を伸ばしている背景にはどのような社会的問題があるのだろうか?
海賊は海外からやって来た
「2006年1月1日、海賊党はスウェーデンのリッキャード・ファルクヴィンゲ(Rickard Falkvinge)によって初めて結党された。世界各国の海賊党のほとんどがこのスウェーデンをモデルに結党されているが、ドイツの海賊党も例外ではない。スウェーデン海賊党の成功を受け、2006年7月31日にオーストリアで、9月10日にはベルリンのCベース※で海賊党が結党された。
※Cベースとは、ベルリンにある非営利団体のこと。現在はコンピューターのハッカーの拠点として知られている。
海賊党のドイツでの躍進
国内での政党としての躍進も、設立拠点があるベルリンから始まった。まず、2011年9月のベルリン市議会選挙で、海賊党は8.9%を得票。ドイツの選挙法では、政党が議席を獲得するには5%以上の票を得なければならないという決まり(阻止条項)があるが、海賊党はそのラインを一気に越えて15議席を得た。その後、ザールランド州議会選挙で4議席を獲得し、議会の第4党に。2012年5月のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の議会選挙では6議席を獲得し、翌週のノルトライン=ヴェストファーレン州の選挙では、7.8%の票を得て20議席を獲得した。2012年4月10日の調査機関フォルザの世論調査では、支持率は13%で、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)、社会民主党(SPD)に次いで3位に上昇。今まで第3位だった緑の党(Die Grünen)を追い越した。
海賊党が掲げる公約
党の成り立ちからもわかるように、構成メンバーはインターネットを使いこなす理数系の30歳前後の若者が中心だ。そのため、海賊党が掲げる公約には、インターネットを中心としたデジタル社会に適応するための公約が目立つ。中でも特徴的なのは以下の3点であろう。
①デジタル社会は社会生活に革新的な変化をもたらした。すべての地域に対して十分なデジタルインフラを提供し、すべての人が平等にそれを使える社会を実現する。そして、デジタル技術を利用することによるチャンスとリスクについて教育する。
②現在の著作権、知的財産保護の考え方や取り組みは時代遅れであり、現代社会の発展の妨げになっている。著作物保護のためにインフラを構築する費用は、その収入に見合ってない。そのため、著作物の無料コピーや無料使用を推進する。
③プライバシーの保護は、民主主義社会の中で極めて重要な基本的権利と考え、法律によって厳密に規定されなければならない。政府が、犯罪の疑いのない市民のメールの閲覧や監視を行うことを禁じ、閲覧する場合には、市民が犯罪に絡んでいる可能性が高いことを証明すべきである。
このほかにも、ベーシック・インカムなどの大胆な公約が挙げられ、今の社会に不満を持つ若者に支持される理由が見えてくる。
海賊党の大失言
党名は、海の「海賊」ではなく「海賊版」に由来する。著作権や特許の開放を訴えているためである。
2012年4月22日、シュピーゲル誌のインタビューにて、ベルリン市議会で議員団長を務めるマルティン・デリウスは「海賊党の躍進ぶりは1928~33年のナチス(NSDAP)に匹敵する」と発言した。その後、テリウス氏は失言の責任を取って党全国組織幹部への立候補を取り下げる意向を表明した。まさにほかの政党に攻撃のきっかけを与えてしまったのだ。この失言が一因か、2012年7月4日の調査機関フォルザの世論調査では、海賊党の支持率は9%にまで落ち込み、緑の党に第3位の座を明け渡してしまった。
海賊党の躍進は、約30年前に環境保護運動の流れに乗って連邦議会に進出した緑の党のそれに大変よく似ている。海賊党が、緑の党と同じように政権の一翼を担うようになるのか、それが判るにはまだ時間が掛かりそうだ。
ベーシック・インカムとは?
海賊党が掲げている公約に、「ベーシック・インカム」というものがある。ベーシック・インカムとは、既婚・非婚、職業的地位、職歴、就労意志の如何を問わず、生計のすべて、または一部を賄える額が支給される制度である。生活保護との違いは?
最低限所得保障(生活保護)にはいくつかの欠点がある。まず、最低限生活水準に満たないことを受給希望者が証明しなければならない。そこには恥の精神が伴う。そして事務コストも掛かるため、低所得者が社会保障の網の目からこぼれ落ちるケースもあると考えられる。さらに、最低限生活水準以下の低所得者は、働かなくても所得が保障されるため、就労意欲がそがれ、結果として失業者の生活保護への依存が強まる。
ベーシック・インカムの利点
ベーシック・インカムなら、働いて得た収入によって所得が増減するため、低所得者が働く意欲をそがれる「失業の罠」のような問題は起こらない。世帯ごとの支給ではなく、個人への支給という形式が推奨される。その場合、男性が働き女性が家事を担うという、性別による労働差別化から逃れられる。最低限所得保障と違い、請求条件に該当するかどうかの審査が必要なくなるため、役所業務がスリム化される。
ベーシック・インカムの欠点
もちろん欠点もある。全国民に一律の支給を行うため、巨額の予算を政府が確保しなければならない。その額が大きくなるほど、民間の経済に影響が出る可能性が高い。ベーシック・インカムを採用した場合、労働から離れた市民は社会的に有意義な活動を行うことになるが、そのどちらも行わないフリーライダー(ただ乗りする人)が現れる可能性も指摘されている。
阻止条項 Die Sperrklausel
ドイツの選挙法が掲げている阻止条項は、5-Prozent-Hürde(5%のハードル)と呼ばれ、これによると、議席確保のためには有効投票数の5%以上の票を得る必要がある。第1次世界大戦後のワイマール共和国時代に小政党が乱立し、どの政党が連立を組んでも過半数を獲得できない時代が続いた結果、政治の混乱を招き、ナチスの台頭を許した背景から、この制度が導入された。※一部の州の議会選挙では例外あり。<参考>
■ Piratenpartei: www.piratenpartei.de
■ "5-Prozent-Hürde ": www.wahlrecht.de
■ "Wahlumfragen Bundestagswahl"(08.07.2012): www.wahlumfrage.de
■ "ドイツ海賊党": www.wikipedia.org
■ "Berliner Pirat vergleicht Aufstieg der Partei mit dem der NSDAP"(22.04.2012): www.spiegel.de
■ "独の海賊党、支持率3位に躍進"(13.04.2012): www.47news.jp
■ 「現代ドイツ政党政治の変容」小野一(吉田書店、10.01.2012)
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