ジャパンダイジェスト

ティル・オイレンシュピーゲルの愉快なビール

ティル・オイレンシュピーゲル(Till Eulenspiegel)をご存じでしょうか? ドイツで人気の滑稽譚の題名で、その本の主人公の名前でもあります。民間に流布していた口頭伝承を編さんしたもので、16世紀初頭の初版から加筆されたり削除されたり、時代によって変化しつつ、長い間ドイツで親しまれていました。リヒャルト・シュトラウスは、ティルの放浪記を基に交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を作詞しています。

全96話からなるこの滑稽譚は、稀代のいたずら者ティル・オイレンシュピーゲルが各地を旅しながら、とんちを利かせていたずらをする話を集めたものです。日本でいう「一休さん」や「吉四六さん」に通じるものがあります。とはいえ、少々下品だったり、グロテスクな話が大半です。

ティル・オイレンシュピーゲル
アインベックの市庁舎前広場にあるティルの像。
足元には鍋に放り込まれる犬の姿が

第47話はビールにまつわる話で、ティルは北ドイツのアインベックという町でビール職人に弟子入りします。ある日のこと、親方はティルと下女にビール造りを任せて婚礼パーティーへ行くことに。ティルに「大事なのは怠けずに仕事をして、ホップを上手く煮込み、ビールの苦味がほどよく効いた、よく売れる品物に仕上げることだ」と言いつけて行きます。

煮立てた麦汁にホップを入れる段階になって、下女までもがティルに「あとはホップを上手く煮立てておくんだよ」と言い残し、祭りに出掛けてしまいました。1人残されたティルは、何かいたずらしてやろうと思いつきます。目に飛び込んできたのは「ホップ」と言う名の親方の飼い犬。犬のホップを捕まえると、あろうことか熱々の鍋の中に放り込み、一緒に煮立ててしまいました。やがて帰ってきた下女が鍋をのぞくと、煮込まれて骨だけになってしまった犬が入っているではありませんか。叫び声を上げてティルを責める下女。するとティルは、「あっしは言われた通りにしたまでですぜ。もっとも誰にも感謝されませんがね」とこぼして去って行きました……。

このように、ティルは言葉遊びや揚げ足取り、意表を突く言動でいたずティル・オイレンシュピーゲルの愉快なビールらをしでかし、町から町へと放浪の旅を続けたのです。

物語は当時の風習や制度をよく反映しています。親方の言葉からは、アインベックでは当時も苦味付けにホップを煮込んでいたこと、ビール造りが家内工業であったことが分かります。

この頃の北ドイツには、すでに同業者組合があり、一人前の職人になるには各地を放浪して親方の下で辛い奉公生活を送らなければなりませんでした。修業を終えたとしても親方になれるのはごく一部。いじめられてうっ憤もたまっていたことでしょう。ときには宮廷の道化として国王に一杯食わせたり、司祭や威張った親方に泡を吹かせたりと、いろいろな身分の人を欺き、からかう自由奔放なティルの活躍は、身分社会にとらわれる中世の人々にとって胸のすくような気晴らしになったことでしょうね。

とはいえ、ビール好きとしては、鍋に犬を入れないでいただきたい!

 
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