この夏、ヒトラー姓を持つドイツ人男性が、その姓が原因で大変苦労した人生を送っているという新聞記事を読んだ。「名は体を表す」という慣用句があるように、姓名は本人や周囲の人々に大きな影響を与えるようだ。生まれた赤ちゃんの命名に、両親が大いに悩むのも当然と言える。そこで、今回はドイツの名前に注目し、命名の際の決まり事やトレンド、キラキラネーム事情などを探っていきたい。
ドイツでは厳しい命名の決まり
命名(Namensgebung)の際の主な決まりは下記の通りである。これらは、法律に定められているものではなく、慣習や裁判官法をもとに定められている。これらの決まりに沿わない名前は、戸籍局(Standesamt)が届け出を受け付けないことがある。もちろん、親が日本人であるなど、外国籍の子供の命名については、配慮されるケースが多い。
● 生後1カ月以内に届け出る
● 名前(Vorname)として判別がつく(「Müller」などの苗字は名前に使用不可)
● 2008年までは男子か女子か区別がつく名前である必要があったが、性別が不明であるケースなどにも対応できるよう、現在はニュートラルな名前を付けることが可能
● 子供の人格を否定したり、社会通念上、著しく妥協性を欠いた名前など、嘲笑の対象となるような名前は不可
● イエスを裏切った使徒「ユダ」や、アダムとイヴの長子で弟を殺害した「カイン」など、悪人を連想させる名前は不可
● 広く普及している場所やブランド名
● 兄弟で同じ名前は不可
● 敬虔な信者の感情を傷つけない名前(例:「Christus(キリスト)」は不可)
● 「Lord(閣下、侯爵以下の貴族)」や「Prinzessin(王女)」など、肩書や地位を象徴する名前は不可
● 子供に命名した名前を、他人が使用できないよう、法的に保護することはできない
ドイツの命名は日本に比べ自由度が低いが、裏を返せば子供が変な名前をつけられるリスクを回避できるというメリットもある。
名前のブームは突然に
時代とともに変わっていく名前。2015年、1965年、1915年と50年ごとの人気の名前トップテンを見てみよう。
1915 | 1965 | 2015 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
女の子 | ||||||
1 | Gertrud | Sabine | Mia | |||
2 | Elfriede | Petra | Emma | |||
3 | Hildegard | Claudia | Hannah / Hanna | |||
4 | Anna | Susanne | Sofia / Sophia | |||
5 | Erna | Andrea | Anna | |||
6 | Elisabeth | Martina | Emilia | |||
7 | Margarethe / Margarete | Birgit | Lina | |||
8 | Hertha / Herta | Bettina | Marie | |||
9 | Ilse | Anja | Lena | |||
10 | Martha / Marta | Kerstin | Mila | |||
男の子 | ||||||
1 | Hans | Thomas | Ben | |||
2 | Carl / Karl | Michael | Jonas | |||
3 | Walter / Walther | Andreas | Leon | |||
4 | Wilhelm | Stefan / Stephan | Elias | |||
5 | Herbert | Frank | Finn / Fynn | |||
6 | Werner | Torsten | Noah | |||
7 | Heinz | Jörg | Paul | |||
8 | Otto | Ralf / Ralph | Luis / Louis | |||
9 | Ernst | Matthias | Lukas / Lucas | |||
10 | Curt / Kurt | Christian | Luca / Luka |
Quelle: beliebte-vornamen.de
2015年と1915年にランクインしている女の子の名前「Anna」以外、男女共に全く異なる名前が流行している。しかし、キリスト教に関連する名前が多いという共通点もある。2015年女の子の名前1位の「Mia」は、語源が聖母「Maria」で、その短縮形である。1990年はドイツではまだかなり珍しかったが、2007年からトップテン入りしている。09年に初めて首位を占めて以来、14年1位の「Emma」を除いて、人気第1位である。
一方、2015年男の子の名前の1位「Ben」は、「Benjamin」の短縮形。語源はヘブライ語で「施しの手の息子」、または「幸運児」。ドイツでは珍しい名前だったが、徐々に人気を得て、目下のところ男の子の赤ちゃんの名前として人気第1位となっている。
ドイツにもある? キラキラネーム
何かと命名に厳しいドイツではあるが、それでもキラキラネームが存在する。いくつかご紹介しよう。
➊ 俳優ウーヴェ・オクセンクネヒトの4人の子供の名前
子供は全員2語で一つの名前となっている。例えば、Wilson Gonzalez(男)。「Wilson」は通常は苗字。「Gonzalez」はスペインの名前。Jimi Blue(男)の「Jimi」のつづりは通常は「Jimmy」。「Blue」も名前に使用されるのは珍しい。
➋ 映画「Keinohrhasen(耳のないウサギ)」(07) の役名
とっぴな役名の「Cheyenne-Blue」を演じた女優は、ティル・シュヴァイガー監督の娘であるエマ・ティーガー。彼女の名前も珍しい名前である。
➌ ドイツ女性タレント、ヴェローナ・プースの息子の名前
息子の名前は「San Diego」。米国カルフォルニア州南部にある都市名。彼女いわく、「なぜおかしいの? 私の名前(Verona)も(イタリア北部の)都市名よ」
こういった、珍しい名前を付ける現象をからかって「Kevinismus」と呼ばれる造語もある。この造語が生まれた頃のドイツでは「Kevin」は珍しい名前で、人とは違った珍しい名前を子供に付けたい親心を「Kevinismusに悩んでいる」というそうだ。
「アドルフ」「ヒトラー」という名前
第2次世界大戦後、ナチスの独裁者アドルフ・ヒトラー(1889-1945)と同じ姓「ヒトラー」を持つ人々は戦後、偏見や迫害を恐れて苗字を変更した。同時に、「アドルフ」という名前を自分の子供に付ける親もいなくなったという。名前が、その人の人生に負の影響を与えかねない事例としてよく引き合いに出される「アドルフ」と「ヒトラー」という名前の、現代ドイツの事情をまとめた。
ヒトラー姓を名乗ってきた男性
ドイツ東部に住むロマーノ=ルーカス・ヒトラーさん(65)は、身分証明書が証明するように、ヒトラー姓で住民登録している。彼は、「学校を中退し、その後もまともな職業に付けず、結婚もしなかった自分の人生は、ヒトラー姓が原因」だと語る。表札が偽名なのは、いたずらを避けるためだそうだ。姓を変える権利はあるが、「自分は悪いことをしていないから」と、そのままの姓を名乗っている。しかし、今なお「ヒトラー」という姓が、ドイツで受け入れられる状況にはないようだ。
「アドルフ」命名をめぐる舞台作品
アドルフ・ヒトラー、アドルフ・アイヒマンなど、ナチスの戦犯を連想するとして長年、避けられてきた「アドルフ」だが、昨年は約30人が名付けられたという。
昨年11月から今年2月までハンブルグで上演された舞台『Der Vorname(名前)』は、赤ん坊に「アドルフ」と名付けようとする主人公と、それを必死に阻止しようとする友人たちの攻防を描いたコメディー。ドイツではデリケートなテーマであるにも関わらず、連日満員だったそうだ。今年も11月4日から12月31日まで再演される。興味のある方は、ぜひ足を運んでみたらいかがだろうか。
11月4日(金)~12月31日(土)
27ユーロ
Komödie Hamburg Hudtwalckerstr. 13, 22299 Hamburg
http://www.komoedie-hamburg.de/veranstaltung/der-vorname/
名前の変更
Namensänderung
<参考>
■ ヒトラーさんの悲しい半生 ドイツで「最も難儀な名前」(朝日新聞18.07.2016)
■ www.beliebte-vornamen.de
■ Zu Besuch bei Deutschlands letztem Hitler (VICE, 17.05.2015)
■ Kevinismus, vermeidbare Kinderkrankheit (WELT, 03.10.2015)
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