ジャパンダイジェスト

歯科治療費はなぜ高い? 2

歯科治療費はなぜ高い? 2

前回は、「自然治癒能力と保険」から見た一般医療と歯科医療の基本的な違いについてお伝えしました。今回は、社会情勢や保険制度の背景の違いから発生する日独の歯科治療費と治療内容の関係について掘り下げてみましょう。

日本で全ての国民が加入している公的医療保険は、歯科医療において「できるだけ虫歯をなくす」ことを目的として1960年代に発足しました。当初は手厚い保障があった国民皆保険制度ですが、人口の増加や高度経済成長の鈍化が進むにつれ、膨れ上がった医療費を削減することが国家にとって急務となりました。そこで、早い段階で削減対象になったのが歯科の医療費です。

通常は、治療の新技術導入や物価の上昇に伴い、医療費も上がるものですが、歯科医療費に関しては、実は30年前からほとんど上がっていないのです。しかも、保険で支払われる治療の内容はほとんど変わらないため、実態は「歯科医療費の削減」。日本ではドイツのように治療費の不足分を自費で補う診療は認められていないので、歯科医院側は30年前から変わらない費用で最後まで診療を行わなければいけません。

とは言え、問題の本質は「歯科医療保障費が上がっていない」ということではありません。歯科医療そのものが時代とともに大きく変わっているにもかかわらず、それが保険制度に反映されていないことなのです。例えば、現在の歯科医学では「予防歯科が最大の歯科医療費削減方法」であると証明されているにもかかわらず、いまだに「できるだけ虫歯をなくす(可能な限り多くの虫歯治療をする)」「広く、浅く、安く」という基本姿勢から変わっていません。

一方、ドイツでも1980年代までは日本と似たような医療費増大の経緯をたどっていました。しかし政府が「今までのような保障を続けることは不可能なので、抜本的な歯科医療費の削減を行う」とはっきり明言。そして公的健康保険で「支払う治療」と「支払わない治療」の新たな基準を設けました。その際に、歯科医療の代表ともいえる虫歯治療も「歯磨きが悪いために起こった自己責任の病気」として、基本的に自費診療の分類に。そうすると、虫歯になれば家計に負担が掛かるので、自分で口腔内ケアをする意欲が高まり、結果的にこれがドイツの虫歯率低下の大きな要因になりました。

このような事情から、日本では「虫歯になったら歯医者に行く」が常識であるのに対し、ドイツでは「虫歯にならないためにはどうすればいいのか」と予防に意識が向くという違いがあります。さて、歯科治療の多くが公的健康保険で保障されないことになったドイツですが、そのことが歯科医療全体に大きな変化をもたらしました。高福祉社会だった頃は、どんな治療をしようと全国横並びの治療費だったのが、価格設定が自由になったことによって競争原理が働き、高度な技術の導入やサービスの差別化などが図られるようになりました。

一方、日本の保険制度は、昔の概念からほぼ変わっていないため、歯科医療が進化してきた現在では、その治療内容に大きな矛盾を抱えるようになりました。

最も分かりやすい例として、歯の神経まで細菌感染が達したときに行う「歯根治療」が挙げられます。以前は簡単な機械と手指の感覚で行っていましたが、ドイツの現在のスタンダードは専用のマイクロスコープを用いた上で、徹底的な細菌感染コントロールの下で数時間かけて行われる診療です。時間もコストも掛かるため、当然費用も上がりますが、歯を残すということはそれだけ大変な作業ともいえます。一方、日本では歯根治療も保険適応内ですが、昔の基準で評価されているため欧米における治療費の10分の1しか保障されません。したがって、30分以内に診療を終わらせなければ歯科医院は採算が取れず、結果的に数年後には不良治療による細菌感染で抜歯することに……。

「自己治癒能力に依存できない」という歯科医療の特殊性が治療費の高さに起因しますが、「予防が大事」というのはどんな病気にも当てはまることです。

 
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