事前医療指示 その2
人生山場の手製シナリオ
「Patientenverfügung(事前医療指示)」が、患者としての人権を確保する画期的な規定であることを前回はご紹介しました。おさらいになりますが、事前医療指示とは、意思表示が不可能な状態となった場合、本人が事前に「もしもの時の医療処置」について考え、その意思を記していれば、それを尊重し、具体化するというものです*1。
事前医療指示を書く際は、あまり難しく考えず、ドイツの法務省等の書式に従って作成すれば良いでしょう*2。今一度注目していただきたいのは、一筆書いておけば、その内容が医療・看護の現場で適用されるということです。
事前医療指示は、臨床的問題が起き、検査・処置が必要になった時の判断基準になります。ご存知のとおり、通常なら身体的に病変・悪化があれば、医師が必要と思われる処置を患者に説明し、それを基に患者が判断して医療処置が行われます(インフォームド・コンセント治療)。しかし本人に判断能力がない場合には、この書類が本人の意思と見なされるのです。
事前医療指示が適用されるのは、時間的な予告はできないけれど、確実に死が迫ったとき、治すことができない病気の末期が来たとき、脳死のような状態、認知症が進行し、介助をしても食事や水分を取れないときなどです。その際、事前医療指示に書いてあることを医師は重視します。そして、代理人(もしくは後見人)に指定された人が医師から説明を受け、事前医療指示に従って個々の処置について判断することで、本人の意思の尊重が実現されます。指示書に明記することにより、代理人・後見人が具体的な状況で判断しやすくなるのです。
事前医療指示書に明記するべき内容は、延命処置の程度、鎮痛、人工的な栄養・水分の補給、蘇生処置、人工呼吸、人工透析、抗生物質の投薬や輸血を行うか否か、などです。
身体的に病変・悪化があれば、医者の立場としてはもちろん医療処置を進めます。しかし状況によっては、自分には治療を適用しないでほしい、あるいは通常の治療とは違うことを希望する、と具体的に指示しておくのです。この事前の意思表示により、その場に及んだ際、臨床現場で本人の考え方に沿った判断と対応が可能になるのです。
具体的な指示がなければ、解釈に誤解が生じます。指示書の考え方の原点は、「本人のために」という思いやりの心から来るものです。たとえば、「延命処置」という言葉に定義はありません。「植物人間」という言葉は比喩表現であり、科学用語ではありません。威厳死は尊重すべき姿勢ではありますが、最後まですべての治療を受けるのも立派な生き方であり、また治療をすべて否定することも、もしくは一部を受け入れることも個々人の尊い人生哲学です。また、人生最後の場をどこにするか、(例えば、病院、自宅、ホスピスなど)はっきりとした希望があれば、それも明記しておくのです。
常識で考えれば分かるのではないか、そんな思いから指示書を書かない選択をすることは、結果的に後見人となる人や見知らぬ医療関係者に自分の考えを常識として押し付けることにもなります。また逆に、自分の考えがはっきりしていないことの表れかもしれません。
しがらみの多い人生ですが、最後をどのように送るかは、自分の自由な考えから導き出せる結論です。また、状況によって以前の指示を変更するのも自由です。何が正しく、何が間違いという問題ではありません。すべての考え方が正しいのです。縁起が悪いから考えないという話を聞くことも多いのですが、実際には、「事前医療指示書を書いたら気が楽になりました」と、ほとんどの方がそう仰って、元気に人生を送っています。
指示書を書いた後は、書類の存在と保管場所を周りの人たちに知らせることが重要です。また、必要なとき、例えば入院するときには、一応コピーを持っていくことをお勧めします。
いつ、何が起こるかわかりません。皆様が、物質的なもののために遺書を書かれるのと同じように、自分のために、念のため、事前に医療指示書を書いてみてはいかがでしょうか。
*1 Patientenverfügungは法律ではなく法律概念。
*2 ドイツ連邦法務省:www.bmj.de
日時:2012年12月1日(土)14:00~16:30
講師:医学博士 篠田郁弥
会場:Düsseldorf 日本クラブ
参加費:日本クラブ、DeJak-友の会、竹の会の会員2ユーロ、 非会員4ユーロ
共催:日本クラブ、DeJaK-友の会、竹の会