任意代理契約(生前委任契約)その1
老後のこと、信頼を寄せる人にお願いしたいから
年齢や社会的地位に関係なく、たいていの人はあれこれ心配せずに人生を送りたいと願い、老後に備えて資産を運用したり、保険を掛けたりして経済的な基盤を整え、また生活状況に応じて住居を選択します。これは、社会や家族構成の変化に対しては非常に意味のあることです。
しかし、予期せぬ重病や不慮の事故などで意思の表明ができなくなる、また一時的に、あるいは恒久的に判断能力がなくなり、自分自身に関する重大事についての決定能力が失われたとしたら、どうなるでしょうか。健康であった時に想定していたような生活を送ることができるでしょうか?
ドイツでは、そのようなことが起きた際、日本のようにパートナーや近親者が自動的に代理となって物事を決めるというわけではなく、多くの場合、裁判所の審判によって法定後見人が決められます(ドイツニュースダイジェスト944・946号掲載の同コラム「法定後見人が大切な理由」参照)。裁判所は、まず親族の中から適した後見人を選ぼうとしますが、当事者のパートナーが衰弱していたり、親族間で誰が後見人になるかについて合意に至らなかったりする場合、本人の要望などを全く知らない第三者が後見人に定められることがあります。そのような事態を避けるために、前もって任意代理契約を結ぶ制度があります(ドイツ民法 第1896 条 第2項)。この任意代理契約を結ぶことによって、委任者自身が判断能力を無くしたとき、信頼する人物(契約を交わした人物)によって自分の意思を代行してもらえるようになります。
任意代理契約は、判断能力(事理弁識能力)があるとみなされる成人、つまり18歳以上であれば誰とでも結ぶことができます。決まった書式はありませんが、少なくとも、どの範囲を委任するかを証明する文書である必要があります。ドイツ法務省は後見制度法の改正に伴い、インターネットに任意代理契約の書式例を公開しています※。
この書式には、任意代理契約上の重要な観点が明示されており、委任する範囲についても簡単な選択方式で明記することで、法的に有効な決定ができます。もちろん、公証人や後見人制度を扱う専門機関、弁護士に相談するのも良いでしょう。
委任された人が特別な事柄、例えば土地の売買などに従事するときには、任意代理契約文書の作成に公証人が関わることが法的に義務付けられています。公証人から個別の助言が受けられると同時に、委任する人の判断能力や本人確認がなされるため、公証人立ち会いの委任契約は無効になる恐れもなく、特に尊重されます。また銀行関係の全権委任は、各銀行の書式に従って銀行に届け出なくてはなりません。公証人への問い合わせには費用が掛かり、資産の額によって約50~150ユーロです。
任意代理契約の範囲は、委任する人が自分で決定できます。全体的な委任(一般全権委任)をすることもできるし、個々の生活の領域、例えば健康管理や住居の管理に限ることもできます。医療行為や拘束行為(車椅子で安全ベルトをすることも、この行為に当たります)、裁判所での代理行為を含む場合は、代理契約にその事をそれぞれ明記するか、または選択する旨、印を付けます。
委任の権限が広範囲にわたることから、特別に信頼を寄せる1人の人を委任者とすべきです。代理を委任された人は後見人と違い、裁判所による管理をほとんど受けません。ただし、例えば委任者の死を招く可能性がある医療行為への同意など、重要な決定をするときには裁判所の許可が必要です。
そのほかにも、日本に家族や友達がいたり、財産があったりする場合、日本語が堪能な人が代理人や後見人になっていると助かることがたくさんあります。友達、家族同士でよく話し合って後見人を決めておくことをお勧めします。
- Vorsorgevollmacht (f) 任意代理契約*
- Bürgerliches Gesetzbuch (BGB) (n) ドイツ民法
- Vollmachtgeber (m) 委任者
- Bevollmächtigter (m) 被委任者/委任される人
- Notar (m) 公証人
*生前委任契約と呼ぶこともあるが、生前委任契約には色々な使い方(自身の葬儀などについて指示する契約など)があるので、ここでは任意の人に代理人の資格を与える契約という意味で任意代理契約と呼ぶ。
(m) 男性名詞、(f) 女性名詞、(n) 中性名詞
1950年マンハイム生まれ。1969年KFG Mannheim Gymnasiumにてアビトゥア(大学入学資格)取得。2年間兵役の後マンハイム大学とハイデルベルク大学で法学を学び、1976年と1978年の第1次および第2次国家試験に合格。1978年より在独外国団体の顧問弁護士。DeJaK-友の会、ライン・ネッカー友の会会員。ハイデルベルク在住。
翻訳: ホーボルト紀子