ジャパンダイジェスト

独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第9回2024年はここに注目!ドイツ視点のビジネス環境

ドイツでグローバルビジネスを展開されている皆様は、毎年この時期になると、来年のビジネス環境に思いを巡らせているのではないかと思う。そこで今回は、2024年を展望する上で役に立つと思われる、ドイツから見たビジネス上の論点を整理しておきたい。

  • 景気が悪いという割には、高い名目成長と人件費・物件費大幅増が継続
  • 今年急拡大した金利差が縮小に転じ、円安ユーロ高トレンドは反転へ
  • 欧州およびドイツのビジネス環境悪化の兆しを要警戒

2024年のドイツ経済の注意点

ドイツは先進国の中で唯一、2023年の実質GDP(国民総生産)成長率がマイナスのまま終わることになりそうだが、それは高い名目成長がそれ以上のインフレに食われてしまっているためである。今秋の五賢人委員会による経済予測(表)では、名目GDP成長率は今年プラス3.8%、来年プラス3.4%と決して低くない。実質ベースでの「マイナス成長」は、名目ベースである売上を落としていいという言い訳にはならない。

雇用関連では、団塊世代の大量退職が進み、人手不足は今後ますます深刻化する。賃金はマクロベースでも今年プラス5.9%、来年プラス5.1%ときつい上昇が続く見込みであり、かなりのコストをかけないと魅力ある高スキル人材は確保できないだろう。加えて前回ご紹介した 週休3日制の広がりのリスクについても対応が必要だ。

ドイツの不動産価格は最近1割程度下落しているが、オフィスも住宅も賃貸需給はむしろ逼迫しており、新規契約の家賃は上がり続けている。オフィスのリロケーションで経費が節減できる可能性は低く、新規赴任者が家探しに窮し、家賃がフリンジ・ベネフィットの枠内に収まらないような状況も覚悟しておく必要があるだろう。従って、来年の予算策定においては、売上をしっかり伸ばす方策とともに、物件費と人件費の上振れリスクに対する備えを用意しておく必要があるだろう。

5賢人委経済
予測(前年比)
2022年 2023年 2024年 一言メモ
実質GDP +1.8% ▲0.4% +0.7% 潜在成長率は+0.4%まで低下
名目GDP +5.9% +3.8% +3.4% 来年も3%超の高成長
インフレ 8.7% 6.1% 2.6% 目標2%への低下は容易でない
1人当たり賃金 4.3% 5.9% 5.1% 週休3日制の広がりにも要注意
ECB中銀預金金利(年末) 2.0% 4.0% 3.0% 来年下げ渋るリスクあり

円安ユーロ高は今後どうなるか?

本稿執筆時点(12月8日)で1ユーロ=156円近傍と、一時よりは下がってきたものの、ユーロは2008年以来約15年ぶりの高水準で推移している。今年欧州中央銀行(ECB)が累計2%金利を引き上げた(中銀預金金利2%→4%)一方、日銀はマイナス0.1%をずっと維持してきた。ユーロと円の金利差が2%も拡大したのだから、円安ユーロ高進行はほぼ当然の成り行きであった。

しかし、ECBの利上げはすでに終了しているものと思われ、来年はインフレ低下(とそれに伴う実質金利の上昇)に対応する形で、1%強の利下げに転じる可能性が高い。一方で日銀は、来春闘である程度しっかりした賃上げが続いたことを確認した後、0.5~0.75%の利上げに動く可能性が高いと思われる。今年拡大した金利差分はほぼ帳消しになる流れのなかで、為替市場も円高ユーロ安トレンドに入り、1ユーロ=145円辺りまで下がってくる可能性が高いように思われる。

ECBの利下げや日銀の利上げが差し迫ってくれば、円安ユーロ高トレンドの転換は決定的になるだろう。日銀は来年4月頃に動く可能性が高いが、マイナスの金利がプラスに転じる心理的インパクトは決して小さくないはずなので、日銀の利上げが円安ユーロ高トレンドの反転を主導することになると思う。ただし、ユーロ圏のインフレが来年高止まりして2%に抑えるという目標達成に確信が持てず、ECBが政策金利を下げ渋るようだと、このトレンド転換がはっきりしなくなる可能性はある。

欧州ビジネスの魅力低下のリスク

来年11月の米大統領選でトランプ氏が再選されれば、ウクライナ支援の停止や、米国の北大西洋条約機構(NATO)脱退が現実味を帯びる。ドイツ最大の自慢である財政余力が、中長期的にNATOやウクライナに食われてしまい、気候変動対応やデジタリゼーションの推進に十分振り向けられなくなる恐れがある。また、9月の旧東独地域3州の州議会選挙では、極右政党ドイツのための選択肢(AfD)が第一党に躍り出る可能性が高く、政府が移民や自由貿易を制限する方向に舵を切れば、ドイツの中長期的成長力が阻害される。さらに、台湾情勢などを巡って米中間の対立が深刻化すれば、中国向け輸出や中国からの資材・部品調達に重大な支障を来す可能性が高い。安定した巨大市場だったはずの欧州ビジネスの基盤が損なわれるようなら、欧州戦略を根本的に見直す必要が出てくるかもしれない。

仮に政治的・地政学的不安定化を免れても、ドイツだけでなく欧州全体に経済が低迷しており、商業用不動産を中心とする大型倒産の連鎖による混乱や南欧諸国での財政懸念台頭も警戒が必要だ。加えて欧州では脱炭素やESG(環境・社会・ガバナンス)関連の対応がますます厳しくなる。炭素規制が緩い域外からの輸入品に課される国境炭素税や、サステナビリティ関連情報開示義務の大幅強化(NFRDやCSRD)には早めの対応をお勧めする。

 
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