ジャパンダイジェスト

独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第10回ビジネス視点から読み解くドイツ流行語大賞

毎年12月に発表されるドイツ流行語大賞は、その年のドイツの世相を反映する言葉が選ばれる。まさに活きたドイツ語教材であることはもちろん、実はビジネスパーソンにとって非常に役立つコンテンツだ。今回はそんなドイツ語流行語大賞を、ビジネス視点から読み解いてみたい。

  • 流行語大賞は最強のビジネストークネタ&リスク管理にも有効
  • 当面は「危機モード」「AIブーム」「パートタイム社会」に注目
  • ドイツが「産業立地問題」にどう対応するかは、日系企業にとっても死活問題

リスク管理にも役立つドイツ流行語大賞

毎年12月上旬頃にGfdS(ドイツ語協会)から、その年の政治・経済・社会を最も象徴する言葉として「Wort des Jahres」(ドイツ流行語大賞)が発表される。ちなみに、私は日頃から流行語大賞候補をメモ・蓄積しながら、自分なりにその年の大賞を予想するようにしている。大賞候補の単語は、ドイツ人同僚との普段の会話における格好の時事ネタになることはもちろん、ネガティブな文脈の言葉であれば、将来のリスクに備えるヒントにもなる。

過去の流行語大賞でも、強く印象に残っている言葉がある。1991年の「Besserwessi」(旧東独人にマウントを取りがちな旧西独人)、2002年の「Teuro」(ユーロの通貨切替えに伴う便乗値上げ)、2018年の「Heißzeit」(氷河期「Eiszeit」をもじって逆の意味にしたもの)の三つは、言葉遊びとしても秀逸な造語であり、私にとって歴代ベスト3の流行語だ。これらは当時の私に、旧東独人の鬱屈した気持ち、加速するインフレ、止まらない地球温暖化に対して、「注意せよ」と教えてくれた。

2023年大賞「危機モード」とそのほか注目ワード

2023年には、常に危機対応に追われているドイツの姿を絶妙に表現した「Krisenmodus」(危機モード)が選ばれた。2022年は「Zeitenwende」(時代の転換点)だったので、脱炭素・デジタル化・地政学的シフトへの対応でドイツに大きな負荷がかかっているところに、ウクライナ戦争やインフレなど幾多の困難が一気に押し寄せ、さらに対応が難しくなったという流れが見えてくる。

そのほかビジネスの観点からは、4位の「KI Boom」(AIブーム)と9位の「Teilzeitgesellschaft」(パートタイム社会)にも注目したい。今年、世界が過去最大の選挙イヤーを迎えるなか、AIの悪用リスクには厳重な警戒が必要だ。また年間労働時間の短さで世界一のドイツでは、雇用と給料はしっかり確保した上で、デジタル技術をフル活用しながら多様かつ柔軟(=できるだけ短時間で楽)な働き方を広げていこうとする動きがある。そのためには、ストライキ断行も厭わないだろう。

ドイツ経済の「危機モード」をドイツはどう乗り越えるか?

流行語となるほどの「危機モード」のなか、ドイツ経済は目先の低成長だけでなく、中長期的な「産業立地問題」にも直面。昨今ドイツ企業は海外進出、特に米国への移転が増加傾向にあり、国内の産業空洞化が危ぶまれているのだ。ドイツ連銀は2023年9月月報で、ドイツの産業立地に関する政策提言をまとめている。その分析によると、産業立地問題の理由として、①人口動態(少子高齢化による人手不足深刻化)、②対中依存(デリスキングは急務ながら、コスト増・業績悪化・サプライチェーン混乱要因)、③エネルギー(再エネ&省エネ推進・各種規制強化によるコスト負担増)が挙げられている。

その上で、企業に対しては川上(調達、生産)から川下(販売、リサイクル)までデジタル化を徹底し、成長の原動力にすることを強く推奨。また連邦政府に対し、①一貫性のある予測可能な政策(企業の投資後押し)、②教育制度改革(新時代に適応できる人材の供給)、③自由貿易協定などを通じた調達源多様化支援、④労働市場への移民・難民取り込み強化、⑤行政手続き簡素化を提言している。

ドイツの産業立地問題は、ドイツ駐在ビジネスパーソンにとっても、自社や自身の存在意義が問われる死活問題だ。今後の動向次第では、ドイツからの撤退を余儀なくされる可能性も大いにある。「時代の転換点」における「危機モード」への対応で、ドイツが次にどのような手を打つのかをしっかりフォローしていくことは、今後ドイツ市場で生き残るための最低条件といえるだろう。

2023年流行語大賞トップ10

Krisenmodus 危機モード(戦争・テロ、気候変動・エネルギー、インフレ・財政難など)
Antisemitismus 反ユダヤ主義(歴史的背景もあり、ドイツでは特にセンシティブ)
leseunfähig 文章が読めない(PISA学力調査で移民の子どもを中心に学力不足が露呈)
KI-Boom AI ブーム(期待が大きい半面、失業と電力消費が急増する不安も)
Ampelzoff 信号機連立(ショルツ)政権内の内輪揉め(を批判的に表現)
hybride Kriegsführung ハイブリッド戦争(サイバー攻撃、ゲリラ戦、世論操作等を含む)
Migrationsbremse 移民流入に対するブレーキ
Milliardenloch (予想外の違憲判決で急きょ発生した)財政の大穴
Teilzeitgesellschaft パートタイム社会(多様かつ短時間の労働の広がり)
Kussskandal (スペイン女子サッカー代表選手に対する)キス強要スキャンダル
 
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