ジャパンダイジェスト

独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第11回ドイツで唯一好調を維持する観光業界

極度の不振に陥っているドイツ経済の中で、観光業は好調を維持している数少ない業種の一つである。今回はそんなドイツ観光業界の規模感や今後の見通し、コロナ後の変化などを確認した上で、ビジネス上のインプリケーションについて整理してみたい。

  • ドイツは旅行好きの国民に支えられた観光大国であり、ドイツ観光業界は孤軍奮闘中
  • コロナ後は、車移動、国内旅行、エコ、節約への選好が強まった
  • 職場での休暇調整がより難しくなる可能性大。一方、ワーケーション活用は一考の価値あり

ドイツ観光業界の現状と展望

ドイツ経済立ち直りの兆しをいち早く察知するため、ifo経済研究所が毎月下旬に発表している景気先行指数を常にウォッチしている。その中のヒートマップで旅行代理店業界だけがずっと好況を維持しているのが、いかにもドイツらしい。ドイツ人は大の旅行好きである上、国際的に見ても有力な観光地かつメッセ大国ということで、国内外旅行客のリベンジ消費的な戻りが強いということだろう。

ドイツ人の観光関連支出総額はコロナ前では695億ユーロだったのに対し、2020年は319億ユーロ、2021年は288億ユーロと半分以下に減少した。また、人手不足は全産業共通の悩みだが、観光業でも専門職や職業訓練生のポストが埋まらない状態がコロナ前から続いている。しかし2022年には586億ユーロまで戻し、その後コロナ前の水準回復を目指して足元も好調だ。とはいえ、まだコロナのダメージが残っているので、平時の規模感を把握するため、2019年の主要計数を紹介しておく。

旅行業界における2019年の主要な数字

  • 波及効果(仕入れ先や設備建設など)も含む広義の観光業付加価値2162億ユーロ
    ※2023年にはこの9割程度まで回復見込み
  • 雇用280万人、旅行関連企業数2300社
    ※政府支援もありコロナ後も大きな変動なし
  • ドイツ国内宿泊数4億9600万泊(うち8割が国内顧客)
    ※2023年はほぼこの水準に回復

下表は観光庁のデータで日本とドイツを比較したものであり、ドイツは旅行好きの国民に支えられた観光大国であることが分かる。国連世界観光機関(UNWTO)によると、ドイツの2022年の国際観光支出は、米国、中国に次いで世界第3位である。

観光業界におけるドイツと日本の比較

観光GDP
(GDP比)
海外旅行者数 外国人
旅行者受入数
ドイツ 15.1兆円
(4.0%)
1億854万人 世界2位 3956万人 世界9位
日本 11.2兆円
(2.0%)
2008万人 世界14位 3188万人 世界12位
(コロナ前の2019年の統計で比較したもの)

今年はインフレが3%以下に低下する一方、賃金が5%強上昇し、旅行の予算が確保しやすくなるため、ドイツの観光業は今後も好調を維持する可能性が高い。間接的な影響も含めて、国内総生産(GDP)の7%、雇用の9%を支えるドイツの観光業界は、ドイツ経済の底割れを防ぎ、財政難の政府に貴重な税収をもたらす存在として孤軍奮闘している。

コロナ後の変化とドイツ経済への影響

コロナ前の水準回復に向かうドイツ観光業界も、その中身は微妙に変化している。例えば、移動手段では他人と接触せずに済む車が選好され、渡航規制があった海外の代わりにドイツ国内が旅行先として見直されるようになった。ドイツ自動車連盟(ADAC)によると、国内旅行のシェアは2019年の35%から2023年には45%に上昇。絶不調のドイツ経済にとって、国内に少しでも多くのお金が落ち、雇用が生まれることはいつも以上に重要だ。

また、ドイツ人の4分の3が旅行においてもサステナビリティを重視しており、過度の冷暖房や使い捨てのアメニティーは嫌われ、オーバーツーリズムに苦しんでいる場所は回避される傾向にある。エコ認証獲得のために、エネルギー効率の高い宿泊施設の建設や再エネ活用が促進されている。

最大の変化は価格面だろう。2023年末のパッケージ旅行価格は、2019年末比で24%も高くなった。ドイツ人は倹約家が多く、宿泊先や移動手段のランクを落として快適さを犠牲にしたり、日数を縮めたりしている。こういった節約は当然経済にとってはマイナスに作用する。一方で、旅行直前に空室や空席を割安で予約する傾向も見られ、中長期的には今ある資源を活用することで経済の効率性を改善するというプラス面もある。

ビジネスに対するインプリケーション

まずは、早期予約割引で節約したい人が激増しているため、職場における休暇時期争奪戦はいつもより早く始まり、日程調整が難しくなることを覚悟しておくべきだろう。一方で、ワーケーション活用は一考の価値がありそうだ。

ドイツの企業では今でもコロナ流行当時と同じ4分の1くらいの社員が在宅勤務を活用し続けている。休暇中も在宅勤務形式で少しでも業務をこなせれば、労使双方の負担軽減になる。ADACの調査によると、在宅勤務が可能な人のうち、ワーケーションを利用可能な人は9%にとどまる一方、会社が許すなら活用したいと考える人は67%もいる。ワーケーションは、在宅勤務の延長線上・運用面での工夫で十分実行可能だ。旅行好きドイツ人を相手に高く評価してもらえるワーケーションを、モチベーションアップや人材獲得のツールとして活用すれば、その効果は意外に大きいかもしれない。

 
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