第15回ドイツ経済の対中依存問題 デリスキングは進んでいるのか?
中国はドイツにとって最大の貿易パートナーであり、ドイツ経済の過度な中国依存が問題となっている。昨今その危機感が広く共有されており、ドイツは国を挙げてデリスキングを進めようとしている。今回は各種データに基づいて、ドイツの対中依存問題の論点を整理したい。
- ドイツは中国を自国経済成長の原動力としてフル活用し、対中依存度を高めてきた
- 対中デリスキングは容易でないながらも、結果的には少しずつ進み始めている
- 日本の対中依存度はドイツ以上であり、デリスキングでの日独間連携を期待
ドイツの対中依存の実情
中国が2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟して以来、ドイツは中国との関係強化を通じて中国経済の高成長から得られる果実の極大化に奔走してきた。歴史面などで中国と問題を抱える日本と異なり、ドイツは「Wandel durch Handel」(商取引を通じて中国の民主化を促す)を旗印に、経済最優先の対中政策を貫いた。しかしその結果、民主化を促すどころか、中国が強大な独裁国家となるために経済面から手を貸すことになってしまった。
ドイツの対中依存といわれてまず思い浮かぶのは、ドイツ大手自動車会社の売上に占める中国シェアの高さかもしれない。2023年のデータ(Statista)によると、各社の中国シェアはフォルクスワーゲンで36%、メルセデス・ベンツで31%、BMWで32%と、日本メーカーの2割程度を大きく上回る。また、ドイツの貿易量(輸出入)で中国は8年連続国別トップで、貿易赤字の約3分の1を中国が占めている。中国はドイツにとって最大の貿易パートナーであると同時に、強力な国際競争力を誇るドイツを貿易収支で圧倒する相手なのである。
近年、中国と西側諸国(特に米国)との関係は著しく悪化しており、貿易面や地政学面でのリスクが高まっている。ドイツ製造業は中国の需要に大きく依存しており、台湾有事などをきっかけに対中経済制裁が発動されれば、中国関連売上と利益の大部分が失われるだろう。また、中国から輸入する重要な中間財の多くは短期的には代替が効かないため、サプライチェーンも大混乱に陥るはずだ。他国でも同様の悪影響が広がるため、輸出に大きく依存するドイツ経済には世界経済の低迷経由でさらなる下押し圧力がかかる。独中間に貿易障壁が発生した際の経済損失は国内総生産(GDP)の1%以上の規模感といわれており、潜在成長率が年0.6%程度と日本同様の低さであるドイツ経済に大打撃となる。
結果的に少し進み始めた対中デリスキング
ドイツ政府は2023年に中国戦略を策定して以来、対中デリスキング政策を推進している。しかしドイツ経済の低迷が長期化するなか、ドイツ企業に中国ビジネスを縮小する余裕は乏しい。その上、多くのサプライチェーンは効率を大きく損なう形でしか再編成できないため、対中デリスキングはそう簡単に進まないとみられていた。
しかし、最近の貿易データには変化の兆しが見えてきている。ドイツの貿易量の中国シェアは2022年の9.7%から昨年8.6%に低下しており、今年は中国でなく米国がトップになる見込みである。ドイツ企業の中国関連利益が中国で再投資され、輸出から現地生産へのシフトが進んでいるのがその一因だ。また、中国のGDPに占める輸入の割合が、2003年の29%から現在約15%まで低下している。中間財が中国の輸入品全体の半分以上を占め、ドイツの輸出の主軸である資本財は減少している。中国は自ら資本財を大規模に生産するようになり、ドイツから輸入しなくなっているのだ。一方、過剰生産能力を背景とする中国のダンピング価格攻勢は、ドイツ製品の脅威にもなっている。ドイツの対中貿易は輸出入両面から縮み始めており、結果的に対中依存が軽減されつつあるという状況だ。
日本企業にとってのインプリケーション
ドイツと日本の対中輸出入金額は2023年時点でちょうど同じくらいの規模感だが、中国シェアの大きさでみると、ドイツは1割程度であるのに対し、日本は2割超と大きい。また、中国進出企業数(ラフな推計)ではドイツの約5000~8000社に対し、日本は1万~3万社と多くなっている。加えて、ドイツ企業は現地生産へのシフトすることで、万が一中国が経済制裁で他国から切り離された場合でもビジネスがまひしないよう努力している。それに対し、日本企業では基幹部品を日本から中国に供給しているところが多く、対中依存度はドイツより日本の方がはるかに深刻と考えるべきだろう。
各国の対中依存度
日本 | 米国 | ドイツ | 一言メモ | |
---|---|---|---|---|
対中国輸出 (2023年、兆円) |
②17.8 | ③22.2 | ❹15.6 | 囲み数字は国別ランキング順位。ラフな規模感比較のために1ユーロ160円、1ドル150円で換算。 |
対中国輸入 (2023年、兆円) |
①24.4 | ②64.1 | ❶25.1 | |
中国進出企業数 (ラフな推計) |
1万~3万 | 数万 | 5千~8千 | 進出企業数の厳密な比較は非常に難しい |
対中依存度引き下げの施策の一環として、ドイツは日本を重視し始めている。ショルツ首相は、アジア最初の訪問先に日本を選ぶなど、中国にべったりだったメルケル前首相とのスタンスの違いは鮮明だ。経済安全保障面での日独間での協力深化を念頭に、日独政府間協議も開始されて以降、ドイツ企業が中国から日本に拠点をシフトする動きもある。日独協働の可能性や重要性については、本コラム第3回(本誌1196号)を併せてご覧いただければと思うが、対中デリスキングにおける日独企業の連携好事例が今後増えてくることを大いに期待したい。