ジャパンダイジェスト

独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第18回ドイツ経済低迷の背景にある産業立地問題

ドイツ経済の低迷が予想外に長期化しているが、その一部はドイツの産業立地条件が悪化しているためといわれている。今回はドイツの産業立地について、何が問題で、どのような対策が取られているのか、さらに今後どうなりうるのかといったポイントを整理しておきたい。

  • この3年間ドイツ経済の低迷が続いているが、その一因は産業立地条件の悪化にある
  • 人口動態、対中国依存、エネルギーが最大の逆風で、特効薬は見当たらない
  • 「欧州ビジネスといえばドイツ」という大前提を一度見直すべきタイミングか

低迷するドイツ経済の国際競争力

ドイツは、2021年後半から経済成長がほぼ止まっている。コロナ禍後のドイツの潜在成長率は+0.5~0.7%と、日本とほとんど変わらない水準にまで低下しており、そもそもドイツの産業立地(ドイツ語でStandort、地理的要因のほか政治的、経済的、社会的意味合いも含まれる)の問題なのではないか、という声が高まっている。

ここでドイツの国際競争力を客観的に評価するため、スイスのビジネススクールIMDによる国際競争力ランキングを見てみよう(下表)。ドイツで評価が高い項目は、国を挙げて科学技術の発展に努める体制と、巨額の貿易黒字を生み出している輸出だ。一方で評価が低いのは、租税・社会保険関連負担の高さと、変化を嫌う保守的なメンタリティとなっている。総合ランキングでドイツは64カ国中24位と決して悪くはないが、米中独日4カ国では3番目、欧州内では11番目とイマイチなポジションにある。

ドイツ政府は産業立地問題に対してどう動いている?

では、なぜドイツの産業立地が経済低迷の原因とされているのだろうか。ドイツ連銀はドイツの産業立地における最大の問題として、①人口動態(少子高齢化の進捗やシニアの大量退職で構造的人手不足が深刻化)、②対中国依存(デリスキングには時間がかかる上、コスト上昇が不可避)、③エネルギー(ドイツの産業用電力価格は、中国の3倍、米国の2倍、日本の1.5倍と再エネ推進のせいで割高)の三つを挙げている。これらに加えてドイツ経済界からは、高すぎる税負担と肥大した官僚主義、特に環境や欧州連合(EU)関連規制を何とかしてほしいという悲鳴が上がっている。

ドイツ政府はドイツの産業立地の競争力を高めるため、7月5日に「成長イニシアティブ」を発表した。例えば、熟練労働者移民の受入れ手続きの簡素化、より長期間働くことに対するインセンティブ付与(減税や年金割増しなど)、自由貿易協定拡大や資源ファンド活用などを通じた対中デリスキング支援、エネルギー減税、税制の簡素化、二酸化炭素貯蔵や水素などの再エネ技術支援、加速・特別償却や低利融資制度の拡大、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)やサプライチェーン法などESG(環境・社会・ガバナンス)関連規制への対応の負担軽減などによって、ドイツ連銀の提言や経済界からの要望に応えようとしている。ドイツ政府は、これらの施策にはGDP(国民総生産)を+0.5%程度押し上げる効果があるはずだと主張しているが、あまり信用されていない。

日系企業としてドイツ経済をどう見るべきか

欧州のビジネス進出先として、ドイツを選択している日系企業は圧倒的に多い(2位の英国の2倍強に当たる約1900拠点)。その主な理由は、①ユーロ圏およびEUの巨大単一市場の政治的・経済的・地理的中心にあること、②日独間で主要産業(自動車、機械、化学等)の共通性が高く、買収や提携が成立しやすいこと、③高速道路、空港、鉄道、港湾等のインフラが充実していること、④優秀な人材、充実した研究開発基盤が整っていることなどが挙げられる。これらは将来もそう簡単に揺らぐことはないだろう。

しかし、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の台頭は、外国人熟練労働者を遠ざけ、ドイツの人材不足に拍車をかけるだろう。さらに米国でトランプ再登板となれば、ドイツ政府は安全保障や環境政策で体力を奪われ、産業立地の改善どころではなくなるかもしれない。ウクライナ戦争が北大西洋条約機構(NATO)諸国をより深く巻き込む形でエスカレートすれば、そもそも欧州ビジネスどころではなくなる可能性もある。折しもフォルクスワーゲンが創業来初めてドイツ国内で大規模なリストラに踏み切ることが、日本でも話題になっている。ドイツに拠点を置く日系企業として、厳しい欧州ビジネスに今後どれくらい力を入れていくのか、その中でドイツ拠点がどのような役割を担うべきなのか、一度見直すべきタイミングかもしれない。

IMD国際競争力ランキング(2024年)

評価項目 具体的評価項目例 全64カ国中順位
ドイツ 日本 米国 中国
総合 164種のデータと92種のサーベイの総合評価 ❸ 24 ❹ 38 ❶ 12 ❷ 14
高評価 科学インフラ 164種のデータと92種のサーベイの総合評価 5 10 3 8
貿易 対外収支、交易条件、観光収入等 11 44 35 43
低評価 態度・価値観 オープンなカルチャー、改革意欲、適応力等 60 57 29 13
税制 各種税収・税率、社会保険料負担等 62 43 18 23
 
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