ジャパンダイジェスト

独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第19回なぜドイツで「在宅勤務」が好まれるのか?

コロナ・パンデミックをきっかけにドイツでも在宅勤務が急速に普及したが、コロナ禍後も従業員の強いニーズに応える形で定着している。今回は、ドイツにおける在宅勤務の普及度合いや活用のポイントなどについて論点を整理しておきたい。

  • ドイツではコロナ禍後も在宅勤務が相応に定着し、オフィス需要を押し下げている
  • ドイツでは在宅勤務に高い価値があり、求人における重要な条件となっている
  • 在宅勤務はコスト削減より、遠隔勤務やワーケーションによるスキル人材確保への活用が得策

ドイツでは4人に1人が在宅勤務

コロナ・パンデミックが始まった2020年春頃、ドイツではコロナ対策として従業員の約4割が在宅勤務(ドイツ語ではHomeoffice)を活用していた。さらにその割合は、パンデミック沈静化後も25%前後で安定的に推移している。

ドイツの職業教育用教科書には、在宅勤務のメリットとして、①オフィス賃料の節約、②ワークライフバランスの改善、③従業員の満足度向上、④通勤関連の時間と労力節約、⑤遠方のスキル人材活用、⑥(特に車通勤による)環境負荷の軽減、と書かれている。②と⑥はいかにもドイツらしい視点だと思う。ドイツの労働者は、高い賃金、短い労働時間、手厚い権利保護の全てを手に入れており、経営者から半分皮肉で「ワークライフバランスの世界チャンピオン」と呼ばれているが、在宅勤務はもはや労働者の権利の一部として確立している。

WFHリサーチやNUMBEOの調査データによると、ドイツでは通勤時間が日本と中国に比べて短い。しかしコロナ禍後でも在宅勤務日数が二国に比べて多く、在宅勤務がなくなれば転職しようと考える人も一定数いる(下表)。

ドイツ 日本 米国 中国
コロナ禍
(2021-22)
❶ 実際に週何日在宅勤務しているか 1.4日 1.2日 1.6日 1.4日
❷ オフィス勤務を強制されたら転職するか 32% 20% 31% 18%
コロナ後
(2023-24)
❸ 実際に週何日在宅勤務しているか 1.0日 0.5日 1.4日 0.8日
❹ 週何日の在宅勤務を希望するか 1.8日 1.4日 2.6日 1.9日
❺ 平均片道通勤時間 30分 41分 33分 39分
❶~❹:WFHリサーチ、❺:NUMBEO

在宅勤務が定着すれば、その分必要なオフィス面積は減少する。オフィス面積に対する需要は、在宅勤務の定着によって12%押し下げられるとの試算(Ifo経済研究所)もある。経済低迷長期化の影響も加わり、ドイツの空室率は足元7%まで上昇しており、さらなる悪化が懸念されている。

在宅勤務は転職で重要な条件の一つに

ドイツにおけるシニア世代の大量退職に伴う構造的人手不足は非常に深刻で、今後も改善する気配はない。企業は高い賃金だけでなく、より柔軟で快適な働き方をオファーしなければ、欲しい人材が確保できないという状態が続きそうだ。ドイツ人にとって在宅勤務には8%の賃上げに相当する価値があることを、Ifo経済研究所が試算している。転職の際に求める条件のうち、在宅勤務は常にトップであり、優秀な人材を確保したい企業は在宅勤務という選択肢をオファーせざるを得ないのが実態だ。

英語圏諸国はもともと在宅勤務に寛大で普及も早かったが、最近ではアマゾンやX(旧ツイッター)が全社員に週5日の出社を命じるなど、オフィス回帰への圧力が高まっている。ドイツでもドイツ銀行やソフトフェア会社のSAPは、社員にできるだけオフィスで働くよう強く働きかけている。チームワークや創造性の発揮、緊密なコミュニケーション、業務や社内カルチャーの習得に必要な教育などの面で、オフィス勤務に分があるのは確かである。しかし、労働者の権利意識が非常に強く、労働組合や政府がその具体化に注力するドイツにおいて、経営者がオフィス回帰を強行すれば悪影響の方が大きくなる可能性が高い。

在宅勤務はコスト削減よりも人材確保に活用

在宅勤務をうまく活用すれば、3割程度オフィススペースを節約できる企業は多いだろう。しかしオフィス規模を縮小しようにも、充実した設備や良好なロケーションで魅力的に見える物件ほど人気があり、オフィス賃料が高いという点には注意が必要だ。引っ越しや業務の一時停止などに伴う費用や労力もばかにならないため、コストをかけてオフィス移転プロジェクトを立ち上げても、徒労に終わる可能性もある。運よく候補物件が見つかったとしても、本社での決裁がもたついている間に候補物件が他社に取られてしまうリスクも大きい。

ドイツの転職市場では、特定業務に精通した即戦力人材が流通している。自社特有の業務プロセスや企業文化の教育がどうしても必要ということでなければ、完全在宅勤務を前提にして遠方のスキル人材を採用候補にすることにより、人材確保における選択肢を大きく広げることができる。また、日本の本社訪問と観光旅行を兼ねたワーケーション制度を整備しておけば、日本好きの優秀な人材を確保するのに役立つだろう。ドイツにおける在宅勤務は、コスト削減手段としてではなく、優秀な人材を安定的に確保するための手段として活用する方が得策なのではないかと思う。

 
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