ジャパンダイジェスト

独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第20回「トランプ2.0」誕生でドイツ経済に何が起こるのか?

11月の米大統領選挙でトランプ再選が決まったと同時に、信号機政権が崩壊し、ドイツの苦悩はより一層深まった。トランプ次期大統領の「創造的破壊」ともいえるアプローチで、今後激変しそうな内外の政治経済状況を展望しつつ、ドイツを拠点とする日系ビジネスパーソンが当面念頭に置いておくべきポイントについて整理しておく。

  • ドイツ嫌いのトランプ氏が、ドイツ新政権を容赦なく振り回し続けることになりそう
  • ①関税、②対中制裁、③NATO、④ウクライナ、⑤民主主義、⑥米財政に注目
  • 金利・為替リスクポジションの抑制、リスクシナリオおよび対応策の常備を推奨

トランプ再選、信号機連立崩壊ドイツに漂い始めた暗雲

11月6日、ドイツが何よりも恐れていた「トランプ2.0」(トランプ第2次政権)の誕生が確定した当日に、信号機連立が崩壊した(ドイツ語では、流行語大賞2024に選ばれた「Ampel-Aus」)。ドイツにとっては何とも不吉かつ象徴的な一日となった。

トランプ氏は、ドイツが気候変動対策を優等生のような振る舞いで先導し、緊縮財政で内需を拡大する代わりに得意の輸出で米国相手に巨額の貿易黒字(633億ユーロ、2023年)を稼いできたことに対して、ことあるごとに不快感を表明してきた。来年はキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)の「メルツ新首相」が率いるCDU/CSUと社会民主党(SPD)との大連立政権が誕生する可能性が高そうだが、どんな政権が誕生したとしても、来年からの4年間、ドイツ新政権はトランプ氏に振り回され続けることになりそうだ。

トランプ2.0によるドイツ・欧州への影響

トランプ2.0によるドイツおよび欧州への影響という観点からは、以下6点に注目すべきだろう。

主な注目点 想定しうるドイツ・欧州への影響
❶関税引き上げ 2028年の独GDPを最大1.4%押し下げ(ifo試算)
❷対中制裁への協調要請 ハイテク中心に対中ビジネスで制約
❸NATOへの米関与縮小 軍事負担増、在独米軍・米「核の傘」撤退
❹ウクライナ戦争 軍事負担増、和平実現なら復興需要にチャンスも?
❺民主主義への悪影響 極右台頭、社会分断、EUの求心力低下
❻米財政懸念の台頭 米長期金利急騰でグローバル金融市場大混乱

①トランプ氏は、日独を含む全ての国に対して、10~20%の関税導入を計画している。米国の農産品やシェールガスの大量購入などで「ディール」が成立すれば、この関税を回避できる可能性もある。しかしifo研究所は、関税の引き上げ合戦に発展した場合、ドイツの2028年の国内総生産(GDP)が最大1.4%押し下げられると推計している。

②西側同盟国に対して、トランプ氏は対中制裁への協力を強く求めてくるだろう。西欧諸国では軍事関連技術の対中流出にはすでに歯止めがかけられているが、今後は特にAIや半導体などのハイテク分野で対中ビジネスが大きく制約されるため、ドイツ企業にとっても強い逆風となろう。

③トランプ氏は欧州が米軍に「タダ乗り」しているとみなしており、北大西洋条約機構(NATO)への関与縮小に動く可能性が高い。ドイツの軍事費負担が急増すれば、経済テコ入れのための投資資金は圧縮され、在独米軍が撤退すれば、雇用や需要の消失による経済的ダメージも大きい。

④ウクライナに対してドイツは軍事面、資金面、人道支援面(特に難民の大量受入れ)で、米国に次いで大きな支援を担ってきた。もし米国が手を引く場合には、その分をドイツが中心となって欧州側でカバーせざるを得なくなり、大きな政治問題となる。

⑤トランプ氏のポピュリスト的アプローチの成功は、欧州連合(EU)内やドイツ国内の極右勢力を勢いづかせている。ドイツを含むEU内での分断や極右台頭、EUの求心力低下が懸念される。

⑥来年秋の次年度米予算審議では、トランプ氏が公約していた各種大規模減税が俎そじょう上に上がってくる。米財政の持続性に対する懸念台頭で米長期金利が急騰すれば、グローバル金融市場は大混乱に陥る。

予測不可能な展開にどう備えるか?

これらの6点を注視するにしても、実際にいつどのような形で具体的に実現するかは現時点では全く予測不能で、定量的インパクトもイメージできない。トランプ2.0による大胆な規制緩和でAI主導のデジタル化が一気に進むかもしれないし、和平実現でウクライナや中東での復興需要が盛り上がるといったポジティブな展開となる可能性もないとはいえない。しかし現実的には、欧州における経営環境が悪い方向に激変するリスクが高まっていることはほぼ間違いない。ドイツ・欧州拠点の日系企業としては、日本の本社と緊密に連携しながら、リスクシナリオ分析を常時アップデートし、いざという時に必要なアクション(例えば、関税対応のための仕入先変更など)がすぐ取れるように備えておくべきだろう。

トランプ氏が突然SNSから展開し始めるような「創造的破壊」ともいえる政策プロセスは、将来に対する不透明感を高め、金融市場に大きな変動を引き起こしやすい。金利や為替のボラティリティーも高まりやすいので、金利変動リスク、為替変動リスクのエクスポージャーは、早め・大きめにヘッジして平時よりもかなり小さめにしておくことをおすすめする。

正直申し上げると、日本とドイツにとって来年はあまりいい年になりそうな気がしない。急に重要なアクションの決断を迫られる機会が多い緊迫した一年になることを覚悟しておきたい。

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作