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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第23回2025年ドイツ賃金交渉 チェックポイントまとめ

ドイツでは、シニア世代の大量退職を主因とする構造的人手不足が深刻化している。一方で景気低迷の長期化で企業が新規雇用に慎重になっているため、労働需給は緩和し、賃金上昇も減速し始めている。今回は2025年の賃金交渉を展望した上で、激変する経営環境下で企業が意識すべきチェックポイントなどを整理しておきたい。

  • 独経済の長期低迷を後追いする形で、雇用情勢が顕著に悪化し始めている
  • 賃金上昇ペースは昨年比で大きく減速するものの、労働者側の強気な賃上げ要求は続く
  • 経営環境の激変に対応しつつ、賃金以外の要因にも目配りすべき局面

人員削減、人手不足…… 悪化し始めた雇用情勢

年初のドイツ雇用統計は、今後の雇用情勢の悪化を強く示唆する内容となっていた。1月の失業者数は299万人に達し、失業率は6.4%に上昇した。昨年来、自動車関連企業を中心に大規模な人員削減計画の発表が相次いでいる上、操短(政府の補助金に支えられたワークシェアリング)も急増しており、雇用に対する不安が急速に高まっている。

シニア世代の大量退職を主因とする構造的人手不足は続いているが、あまりにも景気低迷が長期化して企業が新規雇用に極めて慎重になっており、実際の求人数も減少が続いている。昨年までと比べて労働需給は緩んでおり、強い賃金上昇が続く理由がなくなった。

今年の賃金交渉のポイントは?

今年の主な賃金交渉スケジュールは下表の通りだ。近年は複数年契約となることが多く、主要産業セクターの多くが昨年までに妥結しているため、今年の大口交渉は公務員とパート社員くらいである。公務員の交渉(約400万人が対象)は、民間企業の参考にはなりづらいものの、雇用情勢悪化後の賃上げ幅の目処として重要な役割を果たす。連邦・地方政府とも財政難で交渉は難航する可能性が高く、交渉のヤマ場で各種公共サービスでのストライキが頻発し得るので、業務への悪影響を警戒したい。

ドイツ連銀の直近マクロ経済予測によると、一人当たり賃金の上昇率は、昨年の前年比+5.1%から、今年は+2.5%、来年は+2.6%と大きく減速する見込みとなっている。インフレも今年+2.4%、来年+2.1%に低下するため、かろうじてインフレを上回る賃上げが続きそうだ。しかし、生活実感を大きく左右する食品価格の水準がコロナ前比で+35%も上がっている上、今年さらに+4.4%上昇する可能性が高い。自分が解雇されることはないという自信のある従業員は、極力大きな賃上げを勝ち取ろうとしてくるだろう。今年の賃金交渉では、労組が当初1年+8%など強気な賃上げ要求した後、最終的には2年累計+5%程度の段階的賃上げで決着するといったパターンが基本形になるものと予想する。

法定最低賃金は、年初に時給12.82ユーロ(前年比+3.3%)に上昇した。現与党である社会民主党(SPD)と緑の党は15ユーロへの速やかな引き上げを公約しているが、選挙後は経営者側の立場を優先するキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)主導の政権が誕生する可能性が高いため、そうした大幅引き上げがすぐに実現することはないだろう。

在独企業として意識しておきたいこと

ドイツでは新政権がトランプ政権への対応を迫られる展開となるため、ビジネス環境が激変する可能性が高い。その上、不況下でも結構強気な社員と対峙することになるという点に注意が必要だ。今年は、賃金自体よりも働き方など賃金以外の要因に目配りすべき局面になりそうだ。

ドイツでは年平均30日の有給休暇が完全に消化される上、有休以外の病欠が増加傾向にあり、昨年は平均19日に達している。安易な病欠を抑止するための法改正は当面実現しそうにないので、皆勤者の人事評価や報酬を高めにするなど、個社ベースで病欠を減らす工夫を始めたほうが良いだろう。また賃金据置きのまま、有給を増やすなどといった労働時間短縮(実質賃上げ)にも根強いニーズがある。IGメタルが提唱する週休3日制(本誌1206号参照)はまだ本格的に広がる気配はないものの、ミュンスター大学の実証実験結果が大々的にポジティブに報じられるなど、導入拡大を目指す動きが続いている。

在宅勤務(本誌1228号参照)については、最近米国で公的・民間部門とも極力減らそうという流れになりつつあるものの、ドイツで既得権を巻き戻すのは至難の技である。オフィス出社を強要してモチベーションを悪化させてしまったり、スキル人材の転職を促してしまったりするのは得策ではないため、在宅勤務は人材確保の決め球とでも割り切って、生産性向上などの質的改善に注力すべきだろう。

2025年の賃金交渉スケジュール

契約
期限
労組 業種 対象
者数
要求概要
交渉中 ヴェルディ 公務員
(連邦、市町村)
294
万人
【要求】年+8%(ただし最低月350ユーロ)
交渉中 ヴェルディ ドイツ郵便 17
万人
【要求】年+7%、3~4日の追加有給
2025年
3月
ヴェルディ 保険 18
万人
2025年
3月
IGメタル 自動車 42
万人
2025年
9月
DGB パート社員 70
万人
2025年
10月
ヴェルディ 公務員(州) 107
万人
 
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