ジャパンダイジェスト

独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第24回メルツ政権誕生への備え 日系企業としての注目テーマは?

トランプ2.0政権が次々と繰り出す過激な政策で世界が大きく揺れ動くなか、もともと難題山積のドイツで新政権が発足する。ドイツ関連のビジネスを展開している日本企業としては、過去に例のないくらい経営環境が激変することを覚悟しておかなければならない。今回は何にどう備えるべきかについて、頭の整理を試みる。

  • まずは経営環境激変に対応するためのリソース確保・体制整備を
  • 軍備強化と巨額投資で激変する経営環境のなかで、経営の舵取りの巧拙が問われる局面
  • 注目テーマ(右下参照)をヒントに、社内での議論を深める

ドイツ新政権の発足とシフトする政策のプライオリティ

本来9月28日に予定されていた連邦議会選挙が、ショルツ信号機連立政権崩壊のため2月23日に前倒しで実施された結果、キリスト教民主同盟(CDU)のフリードリヒ・メルツ党首を新首相とし、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)による大連立政権が4月頃に発足する可能性が高まった。トランプ政権が安全保障面で欧州から手を引こうとしているため、新政権の喫緊かつ最重要の課題は、軍事力強化だ。その次に重要なのが、ドイツ経済の長期低迷への対応である。ショルツ政権が重視してきた、社会的公平性の追求や環境政策は後回しになりそうだ。

ドイツにおける経営環境はこれまでと全く異なるものになるだけでなく、トランプ政権が世界を振り回すスピードと予測不能性が異次元であるため、この変化に対応するのは本当に大変だろう。企業としても、情報収集、戦略策定、計画実行のための各種リソースを十分確保した上で、迅速な意思決定が可能な社内体制をしっかり整えておく必要がある。担当する人員や外部専門家の知見を得るための予算などが十分か、今一度確認しておきたい。

ドイツを振り回すトランプ政権と国内投資不足への対応

トランプ政権はウクライナへの軍事支援一時停止など、欧州側が想定していなかったスピード感で安全保障面での欧州からの撤退を進めようとしている。米軍抜きのNATO(北大西洋条約機構)軍はあまりにも頼りないので、欧州は自分で自分を守る体制を大至急構築する必要がある。それに加えて、長年にわたるドイツ国内投資不足の解消、特に老朽インフラの修復などにより、ドイツ経済を低迷から一刻も早く救い出す必要もある。しかし、ドイツでは厳格な財政規律「債務ブレーキ」(財政赤字はGDP比0.35%以内)が基本法に定められており、その資金手当てが問題となる。そこでメルツ氏はSPDとの連立交渉のなかで、軍事費の大半を債務ブレーキの対象外とし、5000億ユーロ(1ユーロ=160円、約80兆円相当)のインフラ整備特別基金を設立する緊急対応でSPDの同意を取り付けた。その実現には議会の3分の2の賛成を得る必要があるため、緑の党を説得しなければならないが、過去のドイツに例がないくらいスピーディかつ大胆な一手であり、うまくいけば歴史的英断となるだろう。

ドイツ経済最大の問題は、人手不足と投資不足にある。これまで温存されてきたドイツの健全財政をフル活用し、より長時間働きたい人へのインセンティブ付与(残業に対する減税など)や、移民の積極的な受け入れなどによって人手不足を補いつつ、軍備、インフラ、デジタル、教育などに対して思い切った投資に打って出るべき時である。本来財政緊縮派だったメルツ氏は方針を大転換し、首相就任前からトランプ並みのスピードでその方向に動き始めている。

社内議論の発射台としての注目テーマ

今後の環境変化のなかで、企業経営に影響が大きそうなテーマを下表にまとめておく。今に限った話ではないが、まず自社の現状をしっかり把握し、インパクトが大きそうな外部要因を特定した上で、その関連情報を組織的・体系的に収集・分析することが重要だ。さらに、外部のコンサルタントや専門家を活用しながら、リスクを最小限に抑えたり、変化する状況に事業戦略を適応させたりするためのアクションをあらかじめ用意しておき、いつでも動けるようにしておくべきだろう。トランプ政権下では不透明要因が大きすぎて、長期的に腰の据わったアクションは取りづらいが、だからこそ機動的な微調整が重要であり、その巧拙が経営の良し悪しを左右することになる。読者の皆様のご健闘を祈る。

注目テーマ 補足説明 念頭におくべきアクション
軍備拡張 国防費が従来比
5割増のイメージ
景気好転、関連需要増への対応
対米貿易戦争 自動車中心に
ダメージ大
自社サプライチェーン、海外拠点網の機動的調整
インフラ整備 5000億ユーロの
特別基金設定
関連需要増への対応、ロケーションの見直しの好機かも
長期金利上昇 欧州全体で大規模
財政拡張開始
金利リスクマネジメント強化(特に利払いコスト)
ユーロ円為替レート 日欧金利差縮小は
円高圧力
1ユーロ=155円割れなら円高リスク高まる。為替リスクヘッジに注力
米中対立激化 ドイツの対中
依存度過大
対中デリスキング(対中輸出/調達・サプライチェーンの見直しなど)
官僚主義削減 サプライチェーン法
関連がメイン
各種規制対応方法を体制面も含めて見直し、負担軽減を最大化
労働時間増加策 人手不足
解消に有効
法改正への対応だけでなく、自社独自インセンティブも検討
ウクライナ停戦 在独ウクライナ人:
約120万人
復興需要対応。ロシア撤退方針なら、ロシア事業売却の好機
シリア復興 在独シリア人:
約100万人
復興需要対応。自社スキル人材(帰国・離職リスク)への対応
 
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