ジャパンダイジェスト

欧州議会選挙の結果をどう読むか

6月9日夜、ブリュッセルで演説したEPPのマンフレート・ヴェーバー党首と筆頭候補のフォン・デア・ライエン氏(現欧州委員長)6月9日夜、ブリュッセルで演説したEPPのマンフレート・ヴェーバー党首と筆頭候補のフォン・デア・ライエン氏(現欧州委員長)

6月6~9日に行われた欧州議会選挙では、保守中道勢力と極右勢力が議席数を増やし、リベラル勢力が後退した。次期欧州委員会は、環境保護重視の路線の修正を迫られる。

保守・極右が躍進

欧州議会の発表(6月21日現在、今後変わる可能性あり)によると、保守中道政党が構成する欧州人民党(EPP)が議席を2019年の選挙での176から189に増やし、首位を守った。EPPは全議席の26.25%を確保した。この会派は、欧州連合(EU)統合に前向きな、ドイツのキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)などが属する会派だ。EPPがトップに立ったことは、多くの市民が、欧州統合の深化、結束の強化に賛成したことを意味する。

ただし、EU懐疑派も議席数を増やした。フランスの国民連合(RN)などが構成する極右会派「アイデンティティと民主主義」(ID)が議席数を49から58に増やしたほか、ポーランドの右派ポピュリスト政党「法と正義」(PiS)などが加わっている「欧州保守改革グループ」(ECR)も議席数を69から83に増やした。右寄りのEU懐疑派の中心であるこれらの二会派の議席数を合わせると、141に達する。

一方、リベラル勢力や環境保護主義者たちは、大敗を喫した。フランスのエマニュエル・マクロン大統領が属する「再生」(旧・共和国前進)などの会派・欧州刷新(RE)の議席数は、102から74に激減。環境保護勢力の会派「緑の党・欧州自由連盟」(Greens/EFA)も、議席数を71から51に減らした。

「環境保護だけではなく経済強化を」

この選挙結果には、欧州の有権者たちの「環境保護だけではなく、経済競争力と安全保障の強化も重視するべきだ」というEUへの要求が反映されている。欧州ではウクライナ戦争の長期化、景気停滞、米国や中国に比べた競争力の低下、脱炭素化がもたらす産業構造の転換などによって、市民の不安感が強まっている。

前回の欧州議会選挙が行われた2019年には、地球温暖化と気候変動に対する危機感が、若い有権者たちの間で強まっていた。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏の運動「フライデーズ・フォー・フューチャー」が、世界中のメディアによって大きく取り上げられていた。この結果、2019年の欧州議会選挙では、Greens/EFAの議席数が2014年の選挙時の52から71に大幅に増えていた。このため保守中道勢力も、経済の脱炭素化を重視せざるを得なかった。

2019年に欧州委員長に就任したウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、同年に「欧州グリーン・ディール」を宣言し、温室効果ガス(GHG)の削減をEUの最も重要な政治的目標に据えた。同氏は、2050年までにEU域内でカーボンニュートラルを達成するという目標を打ち出したのである。

次期欧州委員会は、環境保護路線を緩和へ

EUはこの目標の達成のために、矢継ぎ早にさまざまな政策・法律を発表した。例えば、エネルギー部門での再エネ比率の引き上げ、二酸化炭素(CO2)排出権取引(EU ETS)の強化、気候変動の抑制などに貢献する経済活動のリストやEUタクソノミーの導入、2035年以降、内燃機関を使う新車の販売を原則として禁止する法案などを次々に打ち出した。

EPPが首位を維持したため、同会派がほかの穏健会派と協力して議席の過半数を確保できれば、フォン・デア・ライエン氏が委員長に再選される可能性が強い。しかし同氏も、2024~2029年までの任期には、CO2削減を最重視する路線の修正を余儀なくされるだろう。フォン・デア・ライエン氏は、環境保護だけではなく、ロシアの脅威に対する抑止力の強化と、中国や米国企業に対する欧州企業の競争力の強きょうじん靭化にも力を入れることを求められる。

ドイツでも緑の党が後退

「環境保護政策の過度の重視はごめんだ」という市民の反応が最もはっきり表れたのが、ドイツだ。選挙管理委員会の発表(6月24日現在)によると、CDU・CSUが得票率を前回の28.9%から30.0%に増加。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は得票率を前回の11.0%から15.9%に4.9ポイント増やした。AfDに対してドイツで行われていた抗議デモなどを考えると、この躍進ぶりには驚かされる。

逆に、オーラフ・ショルツ政権を構成するSPDの得票率は15.8%から13.9%、緑の党は20.5%から11.9%、自由民主党(FDP)は5.4%から5.2%にそれぞれ減った。ドイツでも、連立与党の環境保護最優先の政策が、市民によって拒絶されたのだ。背景には、ウクライナ支援などをめぐるショルツ首相の優柔不断な態度や過去の予算措置をめぐる失敗などに対する、国民の強い不満がある。

CDU・CSUは得票率を2019年に比べて微増させ、AfDに多くの票が奪われることを阻止した。この選挙結果から、来年秋にドイツで行われる連邦議会選挙でCDU・CSUが首位に立ち、連立政権を樹立する可能性が強まった。CDUのフリードリヒ・メルツ党首が首相の座に就く公算が大といえる。その意味で今回の欧州議会選挙は、ドイツも今後は保守化の道をたどり、1980年の緑の党結成以来この国で重要な役割を果たして来たエコロジー最重視の政策が、曲がり角に到達したといえる。心配なのはAfDの躍進だ。今年9月に旧東独の3州で行われる州議会選挙が注目される。

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作