ジャパンダイジェスト

第17回芸術や人間の在り方を示してくれた三人の著作

今回の読書案内人
皆藤千香子さん

Chikako Kaido皆藤千香子さん

振付家、ダンサー。フォルクヴァング芸術大学ダンス科、大学院振付家コース卒。クラシックバレエ、モダンダンス、舞踏に影響を受けた身体表現とピナ・バウシュ的なダンスシアターの手法を使いながら、独自の表現を追求している。

真の美を追求する日本の職人たち

子どものころから本が大好きでした。でもスマートフォンが登場してから、本を読む機会がぐっと減ってしまって。自分の中では結構ショックで、そのことをテーマに「What we have lost: 私達が失ったもの」というダンス作品を作ったほどです。好きな本の中からたった3冊に絞ることは難しかったですが、アーティストとして大きな影響を受けた人たちという視点からこの3冊を選びました。

1冊目は『日本のたくみ』。著者の白洲正子さんは、若い頃に米国留学を経験し、日本文化を外と内の両方から見られる作家だと思います。この本では、扇や染織など、日本の伝統芸を守る職人たちを紹介。白洲さんは、月心寺の村瀬明道尼の料理を例に、なぜそんなにその料理がおいしいのか、その秘密を彼女の人生や哲学を丁寧に辿りながらレポートしています。富や名声、自己表現のためではなく、自分の心が納得することだけを念頭に芸を磨き続ける職人たちの姿から、真に人に感銘を与える人間とはどういう人かを学びました。

欧州で作品を作っていると、説明を求められることが少なくありません。でも白洲さんは、日本文化の思想は、言葉で分かるものではなく、そして分かってしまったら意味がないと言っていて。作品を作る上で決断や説明が必要なとき、白洲さんだったらどう考えるか想像することが多いです。

人間は意識の底でつながっている

2冊目の『無意識の構造』の著者である河合隼雄さんは、スイスのユング研究所で日本人として初めてユング派分析家の資格を取得した人です。心理学者のユングは、人間の意識の底の部分には、みんな共通してつながっている領域があると考えました。この本は、そうした人間の無意識の面白さ、内面の奥深さの魅力を教えてくれます。

河合さんは心理学にまつわる本以外にも、アイルランドのケルト文化や、米国の先住民ナバホ族、イスラム教や仏教などを取り上げ、西洋と東洋をつなぐような視点を数多く提供してくれます。例えば、『ケルトを巡る旅』という本では、現地で「魔女」を職業としている女性へインタビューをしていて。それに着想を得て、私も「魔女」についての作品を作りたいなと思い、実際にアイルランドへリサーチに行きました。このように河合さんが示してくれた道がたくさんあって、私はその謎解きを一つずつしているだけのような気がします。

「これが芸術表現」という衝撃

3冊目の『深い河』は、読み終わったときに深いメッセージがボーンと伝わってきて。このような感情を与えるものが芸術表現なんだと衝撃を受けました。遠藤周作さんといえば、キリシタン弾圧をテーマにした小説『沈黙』が有名ですが、キリスト教信者としてのメッセージ性が強く、私には共感しにくい面がありました。一方で『深い河』は誰でも共有できるものがあります。

その理由は、彼の創作日記によると、感情に流されず、距離を取って書く努力がなされたということもありますが、まず、人間にとって宗教とは何かというとてつもなく大きな問題に接近しているからだと思います。それは翻って、人間とはどういう存在かということでもあります。芸術作品は人間の在り方とは何かを示してくれるものなんだと感じました。こういう作品を作りたいと、目標の一つになった本です。

おすすめの3冊はコチラ

日本のたくみ白洲正子 著
新潮社

『日本のたくみ』

伝統芸術に造詣の深い著者が、扇や染織、陶器、刺いれずみ青など、日本の伝統芸を静かに守り抜いている職人たちを訪ねる。それらの技術や伝統の素晴らしさ、そしてひたむきに手仕事に打ち込む職人たちの人間性が美しく輝く。

無意識の構造 改版河合隼雄 著
中央公論新社

『無意識の構造 改版』

ユング派の心理学者として知られる著者が、さまざまな症例や夢の具体例を取り上げながら、無意識の世界を探求する一冊。普遍的無意識、自我、アニマとアニムスなど、ユングの思想を分かりやすくまとめた入門書としても。

深い河 新装版遠藤周作 著
講談社

『深い河 新装版』

舞台は戦後40年ほど経過した日本。それぞれの業を背負う日本人5人が、愛や人生の意味を求めて、母なる河ガンジスへと向かう。遠藤周作が生涯のテーマとした「キリスト教と日本人」の最終章となった作品。

 
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