第1回ベルリンでの暮らしと創作を支える本読み
Tetsu Kayama 香山 哲さん
マンガ家、ゲームクリエイター。2018年にベルリンへと移住し、そこでの暮らしを描いた『ベルリンうわの空』(イースト・プレス)シリーズが人気を呼んだ。現在はebookjapanで『香山哲のプロジェクト発酵記』を連載中。
ベルリン移住で変わった読書体験
ドイツに移住してからは、語学が最優先課題になったので、ドイツ語の本や雑誌を1文ずつ辞書を見ながらちびちびと読むのが自分にとっての読書になりました。そのためドイツ語の本は年に1冊読めるか読めないかという感じです。日本語の本は、電子書籍を中心に時々読んでいますね。あと、いつか読めたらいいなと思う本をたまに買って本棚に置き、ドイツ語ができるようになったらこんなのが読めるよ、と本に励ましてもらっています。
「自分をビルドするブックリスト」より
実は以前、僕が描いたマンガ『ベルリンうわの空』の単行本が刊行されるタイミングで、「自分をビルドする20冊」というブックフェアを行いました。「コピーしていい選書フェア」として、僕が選んだ20冊のブックリストとコメントを公開し、図書館や書店、個人など、誰でも自由にブックフェアをやっていいという企画だったのですが、今回はそのリストの中から3冊選んでいます。
まずは、経済学者である宇沢弘文さんの『経済と人間の旅』。彼は戦後間もない頃に東大の数学科を卒業し、その後シカゴ大学や東大の教授なども務めた方です。その考えを一言で表すならば、「人間一人ひとりの命と尊厳、そして地球環境を大切にすることが何よりも社会にとって重要」ということ。長い歴史を経て、経済や仕事や消費の在り方、軍事や法律の在り方など、今あるものが当たり前のように存在しています。しかし、この当たり前をあまり考慮せずに、根本的に人間の共同体がどうあるべきかを、広く前提から見直す価値があるのかもしれない。そう思わせてくれた本です。
『刑務所の中』は、マンガ家の花輪和一さん自身の獄中生活を描いたものです。彼はもともとモデルガンやメカ好きで、細かい機械なども異様なほど細部まで書き込む圧倒的な画力の持ち主。それが高じて銃刀法違反で捕まってしまいましたが、この本では結構楽しそうに刑務所の中を紹介しています。朝は何時に起きて、布団はこう畳んで、この号令がかかったら何をして……など、刑務を追体験するには十分すぎるくらい、細かく描かれた空気感やささいな物体の配置、人間たちのしぐさ。マンガを描く上で「どこにフォーカスするか」ということが、僕が思っている以上に個性を出せる方法なんだと、表現としても勉強になりました。
自分の勇気を回復させてくれる本
そして強くおすすめしたいのが、犬養道子さんの『お嬢さん放浪記』です。彼女は元総理大臣の犬養毅のお孫さんですが、家族からの援助をほとんど受けずに自力で米国、そして欧州に滞在しました。お金がなくてバイトをしたり、貧民街の人にコーラをご馳走になったり、病気で倒れてしまったり。そこまで強くないのに激しい熱意を持って頑張る姿には、自分の中にある卑しさや、怠けてしまう気持ちに向き合わなきゃなと思わされます。
「怠ける」というのは、単にだらだらするということではなく、自分の人生的にはここでこれをしないと整合性が取れないのに躊躇(ちゅうちょ)してしまうとか、「勇気の節約」をしてしまいがちだと思うんです。普段は見ないふりをしてしまうけれど、たまにはそれに答えなきゃいけないと、この本が再確認させてくれます。時間ができた時にあの場面だけ読もうとか、1ページだけ読んだりと、たびたび読み返しては、自分の勇気や体力を回復させています。
おすすめの3冊はコチラ
経済と人間の旅
宇沢弘文 著
日経BP
「経済学は、人間を考えるところから始めねばならない」。戦後の日本を代表する経済学者の宇沢弘文が、自身の経済学者としての歩みをつづりつつ、人間の幸福とは何かを追求した唯一の自伝。
刑務所の中
花輪和一 著
講談社漫画文庫
拳銃不法所持によって、約3年間の獄中生活を送った花輪和一が自らの体験を描く、実録刑務所マンガ。そこでの生活の様子や、受刑者たちの人間模様などが独特かつ細密なタッチで描かれる。
お嬢さん放浪記
犬養道子 著
KADOKAWA/角川文庫
元総理の犬養毅の孫娘である犬養道子は、単身欧米を渡り歩くことを決意。災害や金欠など、数々のピンチを乗り越えながら、戦後間もない世界を美しい精神で見つめる姿に心を打たれる。