第4回自分のバランスを整えるヴァイオリニストの日々の読書
Ayano Tajima 田島 綾乃さん
3歳よりヴァイオリンを始める。桐朋女子高等学校音楽科を卒業後、渡独。ハンブルク音楽演劇大学、ウィーン国立音楽大学大学院卒業。現在はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団に正団員として在籍している。
「大人」を優しく肯定する言葉
私はどちらかというと小説よりも、脳科学や心理学など、学術系の本をよく読みます。また演奏家の仕事は、ずっと楽譜を読んでいるし、集中力がものすごく必要で。家では、絵本や画集を眺めてリラックスするのが至福の時間です。
1冊目は『ちひろのことば』。もともと彼女の絵が好きでしたが、ちひろ美術館に行ったとき、彼女の「大人になるということ」という文章を読んで感銘を受けました。人はよく若かった頃、特に女性は一番美しかった頃を人生最高の時だったように語ります。しかし彼女は、その時代に戻りたいとは思わない、と。子ども時代が不幸だったわけではないけれど、「なんでも単純に考え、簡単に処理し、人に失礼をしても気づかず」にいた頃と比べ、少しずつ経験を積み、周囲の人に愛情を注げている今の自分を肯定しているのです。
私も歳を重ねるにつれて、当時の大人たちがどのような気持ちでいたのか、ようやく想像できるようになってきて。彼女の優しく謙虚な言葉に共感するとともに、こういう心がけで生きていきたいなと思いました。私の母はすごく本を読む人なのですが、たまたま実家にこの本があって、この文章も載っていたのでドイツに持ち帰ってきました。
癒しをくれる感情豊かな天使たち
『クレーの天使』は、パウル・クレーが描いた天使に、谷川俊太郎の詩が並んだ本です。おすすめの理由は、読む人それぞれが、自分が共感できるお気に入りの天使を見つけられること。クスッと笑ってしまうような表情の天使や、思わずよしよしっと抱きしめたくなる天使など、いろいろな天使が出てきます。私が好きなのは「忘れっぽい天使」、「泣いている天使」、「鈴をつけた天使」。純粋な子ども心を感じられるクレーの線がすごくいいですし、谷川さんの詩もドラマチックな言葉というよりも、しくしくとした痛みとか、そういう繊細な感覚に触れるもので。ページをめくりながら、ぼんやりと何かを感じられる本で、とても癒されます。
演奏家として自分と向き合う方法
『弓と禅』は、昔働いていたオーケストラで知り合った、尊敬するプレーヤーの方から教えてもらいました。ドイツ人哲学者のヘリゲルが、日本で行った弓道の修行について書いた本で、師匠との出会いをはじめ、呼吸のリズムの取り方などが書かれています。例えば「この的を絶対に射なければ」と思うのではなく、自分自身を「的」としてイメージするなど、弓道を通して肉体や精神と向き合う過程は、演奏家としても参考になりました。
弓道が自分自身と対峙するスポーツであるように、私たちの職業もいつでも自分との闘いです。これまでも学校の入学試験に始まり、コンクールやオーディション、大勢の人の前で演奏する機会も多くありました。もちろん本番に向けて十分に準備するのですが、それを100%出し切ることは本当に難しいです。オーディションの一次審査では、たった4分間で全てが判断されることも。数分間でいかにパフォーマンスするかに自分の人生がかかっているので、やっぱり緊張するし、うまくいかなければ落ち込むこともあります。人って「成功したい成功したい」と思うと、かえって失敗することもあるじゃないですか。その状態を「無」に持っていくというか、呼吸や意識の在り方を見つめ直すのに、この本は良い気付きをくれました。
おすすめの3冊はコチラ
ちひろのことば
いわさきちひろ 著
講談社文庫
『窓ぎわのトットちゃん』(講談社)の絵でも知られる、絵本画家のいわさきちひろ。愛と優しさに溢れた絵と文からは、戦時中に若き日を過ごし、戦後の苦難を懸命に生きた彼女の凛とした姿が見えてくる。
クレーの天使
パウル・クレー、谷川俊太郎 著
講談社
20世紀の画家パウル・クレーが晩年に描き続けた「天使」のシリーズを主題に、谷川俊太郎が短詩を添えた詩画集。45点のクレーの絵と18編の谷川俊太郎の詩が、心にひそむ天使たちを呼び起こす。
弓と禅
オイゲン・ヘリゲル 著
福村出版
著者は、日本で弓道の修行をしたドイツ人哲学者。自我を捨て、心を無にして的を射よと説く師匠の言葉に、あらゆる道に通じる「禅」を見出していく。アップルの創業者スティーブ・ジョブズの愛読書でもあった。