第5回ドイツで生きる女性として強さとおおらかさをくれる本
Yuka Masuko マスコ ユカさん
コミックアーティスト、アート講師。ハレのブルグ・ギービヒェンシュタイン美術デザイン大学コミュニケーションデザイン学科卒業。主に独英日仏のマルチリンガルでヨーロピアンコミック(バンド・デシネ)を描いている。
www.yukamasuko.de
「花子」という一人の女性との出会い
子どもの頃、親の仕事の関係で3年間英国に住みました。欧州のおおらかでオープンな空気感に刺激を受けつつも、一人で過ごす時間も多くて。そのときに慰めになってくれたのが、父が買ってくれた100冊くらいの日本昔話の絵本でした。これらの本を通して触れた日本の民衆文化は、私の感性を育んでくれたように思います。
1冊目の『マダム・ハナコ』は、明治末期に欧州で活躍した日本人女優についてのノンフィクション小説。現在、私は彼女を題材に『HANAKO』というコミックを描いていて、その過程でこの本に出会いました。ドイツに暮らし始めてから、自分が日本人女性であることを強く意識するようになり、それと同時に、社会が求めるイメージと自分が思う自己像のギャップも感じて。社会的・精神的に自律したアジア人女性のロールモデルを探すなかで、母が電話で花子さんのことを教えてくれました。
花子さんはもともと芸者で、二度の離婚を経て単身で渡欧。その後20年間も芸一本でお金を稼ぎ、女座長として一座をまとめ上げていた、しなやかな強さを持った女性です。この本では、そんな彼女の人生が歴史的資料を追う形で書かれていますが、資料だけでは埋められない花子さんの心情なども繊細に描かれていて読み応えがあります。
生き生きとした日本のおもちゃ絵
2冊目の『日本のおもちゃ絵』は、明治生まれの絵師で民芸おもちゃのコレクターでもあった川崎巨泉が描いた、日本各地のおもちゃの絵をまとめた本です。これらのおもちゃを『HANAKO』のコミックにも登場させているのですが、花子さんが生きた時代の民衆文化が、そのまま色鮮やかに生き生きと表現されているのが面白いです。巨泉が使っている朱色や群青色は、やはり欧州の画材では表現できないものですね。
私にとって、絵を描く上で色と形、遊び心がすごく重要で。この本に出てくるお面やイヌのおもちゃなど、さらっと描いた線の中に命を感じます。心の赴くままに手が動いて出来上がったかのようにおおらかで、肩の力が抜けたユーモラスさがあって、とても説得力がある絵だなと思います。
女性芸術家として生きること
『花もつ女』も、ジュディ・シカゴという表現者の人生についての本です。彼女は米国生まれの芸術家・教育者・作家で、フェミニズムアートという言葉を初めて一般に広めた人。70年代にはウーマンハウスという芸術プログラムを立ち上げ、21人の女学生と共に放棄された建物を改装しながら、演劇や展示などの実験的な試みを行いました。この本では、ジュディが教育者として女性たちに自信を与えていく過程と、そのなかで直面する難しさが彼女の言葉で綴られています。
タイトルにある「花」とは、ジュディにとっての「芸術」そのものを表しているのかなと私は思っています。彼女は夫を事故で亡くしたとき、「自分が所有できるのは自分自身だけだ」と実感したと言っていて。そんな彼女が唯一持っているのが、自分のアイデンティティーと結びついている「創作すること」なのではないかと。彼女の言葉は、まるで自分に寄り添って肩をとんとんと叩いてくれるお姉さんのように感じられ、芸術家として自分の足で立って生きていきたいと思ったときに、とても支えになった一冊です。
おすすめの3冊はコチラ
『ロダンを魅了した幻の大女優マダム・ハナコ』
大野芳 著
求龍堂
明治元年に生まれ、日本から遠く離れた欧州で熱狂的な人気を博した女優「マダム・ハナコ」(花子)。森鷗外の短編小説『花子』や、彫刻家ロダンのモデルを務めたことでも知られる彼女の波乱万丈の人生が描かれる。
『日本のおもちゃ絵 ―絵師・川崎巨泉の玩具帖』
cochae 編
青幻舎
明治時代の絵師である川崎巨泉が、大正~昭和にかけて描いた郷土玩具の絵をまとめた一冊。おもちゃのコレクターでもあった巨泉によって、失われつつある日本の民芸文化が生き生きと描き残されている。
『花もつ女 ―ウエストコーストに花開いたフェミニズム・アートの旗手、ジュディ・シカゴ自伝』
ジュディ・シカゴ著
パルコ出版局
1939年生まれのアーティストのジュディ・シカゴ。彼女が芸術家を目指す道のりや、女性のための展示会場兼演劇実験場のウーマンハウスでの活動、そして女性芸術家・教育者としての喜びと苦難が綴られた自伝。