第11回活字嫌いから本の虫に コントラバス奏者の本棚より
Asako Tedoriya手取屋 麻子さん
石川県金沢市出身。2015年よりボーフム市管弦楽団の首席コントラバス奏者を務めるほか、室内楽などでも精力的に活動。ヴァイオリンとコントラバスのデュオ「A DUE」として、さまざまな楽曲にも取り組んでいる。
https://duoadue.com
図書委員のあの子が教えてくれた短編
私は小学校1~3年まで、親の仕事の関係でベルリンに住んでいました。日本語の教育は国語教師だった母から受けていましたが、その間はドイツの学校に通っていたので日本語の本になじみがなくて。小学4年生で日本に帰国したのですが、学校初日に漢字の小テストがあって、何も書けなくて泣き出したことがあります。それが忘れられなくて、活字にものすごく苦手意識がありました。
そんな時に図書委員だった子が教えてくれたのが、1冊目の『アーモンド入りチョコレートのワルツ』です。この本に出てくる三つの短編は全てピアノの曲がテーマ。表題作の『アーモンド入りチョコレートのワルツ』が特に好きで、ピアノ教室に現れたフランス人の「サティのおじさん」と交流する主人公にすごく共感しました。最後にサティのおじさんが主人公に伝える「アーモンド入りチョコレートのように生きていきなさい」という言葉を、私自身もいつも胸にしまっています。
これをきっかけに、どんどん本が好きになりました。家にはたくさん本があり、そこから毎日2~3冊選んでカバンに入れて通学していたし、中学2年からはずっと図書委員をやっていて、図書室の司書さんとも仲良くなったり。いつでもどんな本でも読みたかったですね。
不利な状況にも負けない強い女性
2冊目の『蔵』は、女性が酒蔵に入るべきではないという時代、新潟の大地主の家に生まれた女の子が、家業である酒蔵を継ごうと奮闘する物語です。しかも彼女は病気を抱えていて、いつか自分が全盲になると分かりながらも、本当にかっこいい女性に成長していく。その過程には、本当に胸を打たれます。また彼女の家族や周囲の人々が人間らしく生々しくて、人間関係の描写も絶妙。新潟の雪が深く、厳しい冬の温度まで伝わってくるようなすてきな文章です。
この本とコントラバスと無理矢理つなげるわけではないですが、コントラバスも男性的な楽器で、オーケストラでも団員のほとんどを男性が占めています。この本の主人公は、女性の立場が今よりもずっと難しかった時代に、自分は酒造に携わる能力も意欲もある、と闘うんですよね。その強さにはすごく勇気をもらえるというか、自分も頑張らねばと思えます。
ドイツで読み返す日本の美意識
3冊目の『礼讃 陰翳 』は、純文学の中でも特に谷崎潤一郎が好きで、彼の作品から1冊選びました。この本で谷崎は、障子による淡い光や、薄暗がりの中で美しさを帯びる漆 の茶碗など、光ではなく陰影の中に日本の美意識を見出しています。あと厠 のエピソードも好きで、母が小さい頃、実家のトイレが廊下の奥の遠いところにあって、暗くて怖かったと言っていたのを思い出します。その趣 と怖さの入り混じる感じが、すごくよく分かるんです。
日本に暮らすなかで誰しも感じたことがあるだろうことを、谷崎は明確に言語化してくれている気がして、彼の視点がすごく気持ちいい。彼の文章を通して、不便だけれどだからこそ良いもの、趣があるものを噛み締めることができます。私自身も考えてみれば、この本を読むのはドイツにいる時だけな気がします。ドイツにいて日本の何が恋しくなるかというと、その中心となるものがこの『陰翳礼讃』で描かれているのかもしれません。
おすすめの3冊はコチラ
『アーモンド入りチョコレートのワルツ』
森絵都 著
KADOKAWA/角川文庫
ピアノ曲の優しい調べに乗せて、大人へと向かう少年少女たちをみずみずしく描いた三つの短編集。エリック・サティー、シューマン、バッハの楽曲を通して、誰もが経験した「あのころ」を優しく、そして切なく描く。
『蔵(上)』
宮尾登美子 著
KADOKAWA/角川文庫
※現在は電子書籍のみ発売中
新潟の蔵元である旧家に生まれた娘・烈 。美しく成長するも、やがて病気のために失明してしまう。そんな彼女は、酒蔵が女人禁制とされていた時代に、全盲のハンディキャップも超えて酒蔵の後継者になることを決める。
『陰翳礼讃』
谷崎潤一郎 著
中央公論新社
西洋の文化が部屋の隅々を照らすことに執着したのに対し、古来の日本では「陰影」の中にこそ美を見出してきた。日本家屋や漆茶碗、厠などを例に「陰影」について考察し、伝統的な日本文化や日本人の美意識について説いた随筆。