ジャパンダイジェスト

第13回ベルリンのランドスケープへと導いてくれた本たち

今回の読書案内人
中島 悠輔さん

Yusuke Nakashima中島 悠輔さん

ランドスケープアーキテクト。幼少期にシドニーに住んだ経験から、自然に近い生活空間に興味を持つ。東京とメルボルンの大学で学んだ後、ベルリンのランドスケープ設計事務所に勤務。このたび日本に本帰国し、東京でランドスケープ設計に従事する。

15歳のカフカ少年との出会い

自分は中高生くらいから、新潮社の文庫本の落ち着いた装丁や書体がやたらと好きで集めていました。1冊目の『海辺のカフカ』に出会ったのも、毎年夏にやっている「新潮社の100冊」という文庫本フェアがきっかけです。僕自身も当時、主人公のカフカくんと同じ15歳で、男子校に通っていたのですが、環境があまり肌に合っていなくて楽しくなかった。カフカくんが自分の置かれた酷な状況を、自分に鎧を着せるようにして淡々と乗り越えていく姿がすごくクールにえたんですよね。自分はそこからハルキスト(村上春樹のファン)になっていって、村上春樹のファンが集まるカフェの読書会に行ってみたり、新刊が出版される日には新宿の紀伊國屋に並んでみたりしていました(笑)。

星の王子さまの優しい言葉

『星の王子さま』は、話の構造としては『海辺のカフカ』ともどこか似ていると思っています。村上春樹の小説って、主人公のもとを女性が急に去って、孤独の中でそれでもどうやって生きるか……みたいなのが多い気がします。カフくんの場合は、自分の殻にこもってどう人と関わるかを模索しますが、『星の王子さま』は、同じように孤独だけれど、誠実に人や物に向き合おうとしていて、一言一言がすごく優しいんです。

僕が東京で過ごした大学・大学院時代、周囲には卒業して官僚になる人や、きちっとしている人が多かったけれど、本当に自分の気持ちがそこにあるのかがあまり見えなかった。そういう集団にいると、自分も似たような言語や態度なっていると感じていて、それが嫌だったというか。『星の王子さま』を繰り返し読むなかで、自分の心に従って生きなきゃな、違う環境に飛び込んでもいいんじゃないかと勇気をもらったと思います。

写真集が見せてくれた「ザラザラ感」

『センチメンタルな旅・冬の旅』は、大学院生のときに長野で出会ったカメラマンの友人が教えてくれました。この写真集はアラーキー(荒木経惟)が撮った妻・陽子のスナップショットをまとめたもの。当時の写真といえば、完璧な構図の美しいショットが主流でしたが、新婚旅行、病に倒れた陽子、盛大で明るいお葬式、うな垂れるアラーキー……という感じで、ピンボケもありながら、何枚も重ねて見るとストーリーが伝わってくる。こういう地に足の着いた「ザララ感」がすごく大切だなと感じました。

公園を設計する際、生態系や自然災害への対応などの機能性といった教科書的な大事な点もしっかり押さえつつ、人の美的感覚に訴えかけるザラザラとしたものをつくりたいと思っていて。でもザラザラ感を狙いすぎると嘘っぽくなし、どうバランスを取っていいか分からない時期もありました。そんなときにこの写真集を見て、こんなに振り切っている人がいるんだ、とショックを受けたんです。

ベルリンで働くことになったのも、今思えばこの「ザラザラ感」に導かれたのかな。ドイツの公園設計は野生的というか、雑草が生えたままの状態を許すような方向性だと感じます。特にベルリンはグラフィティが多く、社会主義と本主義が混ざったところにリアルな人の生活がある。日本に戻ったら、これからは自分がそういう空間を増やしていきたいです。

おすすめの3冊はコチラ

海辺のカフカ 村上春樹 著
新潮社

海辺のカフカ

田村カフカは、東京に住む15歳の中学3年生。父親にかけられた呪いの言葉から逃れるため、深夜バスに乗って四国の高松へと降り立った。一方、ネコ探しの名人である老人のナカタも、何かに引き寄せられるように西へと向かう。

星の王子さま サン=テグジュペリ 著
新潮社

星の王子さま

飛行機の操縦士である「ぼく」は、サハラ砂漠に不時着する。そこで出会ったのは、小惑星からやってきた王子さまだった。王子さまは、地球にたどり着く前に訪れた六つの小惑星と、そこで出会ったへんてこな大人たちの話をする。

センチメンタルな旅・冬の旅 荒木経惟 著
新潮社

センチメンタルな旅・冬の旅

1971年に1000部限定かつ1冊1000円で自費出版された幻の写真集『センチメンタルな旅』。同書に掲載されている荒木経惟と妻の陽子の新婚旅行を撮影した21点に加え、1990年に陽子を子宮肉腫で失うまでの写真日記「冬の旅」から91点が収録されている。

 
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