第16回「作り手」の視点から 製本職人が語る本と夢
Saki Ozeki小関 佐季さん
武蔵野芸術大学在学中に手製本と出会う。大学卒業後は製本会社の美篶堂
Instagram:@saqui.o_buch
芸術家からの依頼で製本した『黄金の壺』
本と深く関わる仕事をしていますが、私自身はあまり本を読む方ではなくて。そのため、製本職人としての自分と深く関わる3冊を挙げました。
1冊目の『黄金の壺』は、私が働いているベルリンの製本工房への依頼をきっかけに読みました。その依頼とは、うちの工房と長い付き合いのあるドイツ人の芸術家の方が、ホフマンの三つの小説をテーマにした版画とコラージュを制作したので、それらを製本してほしいというもの。製本に使う紙やマテリアルなど、全て自由に選んで良いとのことで、自分にとって理想的な仕事でしたね。
私が担当した『黄金の壺』は、主人公がヘビの娘と恋に落ちるという、12章からなる妖しくて幻想的な物語。自分なりに物語を反映した製本にしたいと思いました。最終的には、芸術家の方から渡された12枚のオリジナル版画を蛇腹状の本にまとめ、そして物語本文は別の本として、合計2冊の本を作りました。それぞれの表紙には赤と黒の皮を使い、タイトルの「黄金」とあるように金の箔はく押しをいっぱい施して……言葉で説明してもなかなか伝わりづらいので、ぜひ私のインスタグラムで作品を見ていただければうれしいです。
渡独前に関わった日本での製本仕事
『美篶堂とつくる美しい手製本』は、私も制作に関わった本です。私はこの美篶堂
私が製本を始めたのは大学生のころで、そのときはただ製本が楽しいという感じでした。しかし美篶堂で働くなかで、製本にまつわる技術や知識が一気に増え、また職人として自分の技術をお金にすること、価値として提供することの喜びと難しさを勉強できました。そういう意味でも、自分にとってすごく貴重な時間だったと思います。
いつか作りたい「土に還る本」
『ヨーガンレールとババグーリを探しにいく』は、繰り返し何度も読んでいます。私は自主制作として草木染めを使ったノートの制作などを行っているのですが、それを始めるきっかけになった本でもあります。ヨーガン・レールは日本で活躍したテキスタイルデザイナーで、この本では自然に配慮したプロダクトの作り方や、ものづくりに対する考え方が書かれています。ちょっと自分の感覚が弱まっているなというときに読みたくなりますね。
「自然がこのように美しいものを用意しているのだから、私は飾りもののような不要なものは作りたくない。自然への尊敬の念を込めて、環境を汚さない、土に還る素材で、ていねいな手仕事をされた服や暮らしの道具など、自分にとって必要不可欠なものを作りたい」という言葉が出てくるのですが、この考え方がすごく好きで。実は、私の中に壮大なプロジェクトがあって、ヨーガン・レールの言葉のような「土に還る本」をいつか作りたいと思っています。全て自然の素材を使って、自分で糸をよって布を織って、収穫したもので紙を作って、本の内容も自分で書く。そうして一冊の本を完成させ、それを自分が死ぬ前に土に埋めて自然に還したい。それが私の夢なんです。
おすすめの3冊はコチラ
『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』ホフマン 著、大島かおり 訳
光文社古典新訳文庫
純情な大学生アンゼルムスは、エルベ川のほとりで見かけた黄金色の小蛇ゼルペンティーナと恋に落ち、幻想的な魔法の世界へと引き込まれていく。ドイツ・ロマン派の異才ホフマンによるファンタジー。
美篶堂とつくる美しい手製本 本づくりの教科書12のレッスン美篶堂 編
河出書房新社
長野県伊那市美篶に製本所と、東京に事務所およびワークショップスペースを構える美篶堂。同社が主催する「本づくり学校」のカリキュラムをもとに作られた本書では、多彩な製本知識を学ぶことができる。
ヨーガン レールとババグーリを探しにいく 大切なもの、美しいもの、使えるものヨーガン・レール 著
PHP研究所
「ババグーリ」は、テキスタイルデザイナーのヨーガン・レールが立ち上げた、日々の暮らしのアイテムを扱うブランド。ヨーガン・レールが手仕事の現場をたどり、彼の美意識や理念を垣間見ることができる。