78. プッチーニ作曲「トスカ」の舞台
秋のサンタンジェロ城
オペラをつくるとき、小説や戯曲を題材にすることや、作曲家と台本作者が共同で物語をつくり上げるケースもあります。歴史上の伝説や言い伝えなどを参考にすることも多いので、物語の舞台は架空の場所か、何となくどの地方や街をイメージしているのかが分かる程度。その点、ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)が作曲したオペラ「トスカ」では、3幕それぞれでローマに実在する場所を舞台として指定しています。
「トスカ」の原作は、フランス人のサルドゥが書いた戯曲。画家カヴァラドッシと、その恋人で歌手のトスカの悲劇を描いた作品で、サルドゥは実在した時代も場所もばらばらの人たちを組み合わせて物語に仕立てています。プッチーニ自身も「トスカ」の演劇に魅せられ、彼が信頼する2人の台本作者と共にオペラをつくり上げたのです。
ちなみに、この時期のオペラのスタイルは「ヴェリズモ・オペラ」(現実オペラ)といいます。登場人物は歴史上の偉人や王侯貴族ではなく、より身近な庶民が主役で、現実に起こり得るような事件が題材にされています。そのため市民に親近感を持たれ、言うなれば、週刊誌のようなゴシップ的な内容で人気があったようです。
さて、「トスカ」第1幕の舞台であるサンタ・アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会は、第2幕のファルネーゼ宮殿(現在はフランス大使館)からお互い見える距離にあります。原作では別の教会が舞台となっていましたが、オペラでは物語の進行と実際の街がリンクするように、教会と宮殿の位置関係をより現実的なものに置き換えているのです。さらに第3幕に登場するサンタンジェロ城も教会と宮殿から近く、テヴェレ川を挟んで500メートルくらいの所に立っていて、登場人物たちの動きとつじつまが合っています。
これらの場所を実際に訪れて驚くのは、舞台装置とそっくりなこと。これだけ明確に場所が指定されているので、オペラのステージデザイナーも当然、実物から影響を受けているのでしょうね。実際のサンタンジェロ城の回廊に出ると、看守がいる控え室をはじめ、トスカの恋人カヴァラドッシが銃殺される壁、兵士たちが階下から上がってくる階段、そして最後にトスカが飛び降りる城壁の階段が見られます。本物のお城と舞台装置が驚くほど似ているので、どちらがオリジナルなのか分からなくなってしまうほどです。