87. 旅先の釣り
グアダルキビル川の廃墟
ドイツやオーストリアの川や湖で釣りをするにはライセンスが必要で、2週間ほどの講習を受けて試験に合格しなければなりません。その点、欧州のほかの国々では制約が緩い所もあり、旅に出る際は「延べ竿」を1本忍ばせて行くことがあります。日本の「延べ竿」はすばらしく軽く、たった40センチほどの竿から、4.5メートルくらいまでスルスルと延ばすことができます。さらに糸は弾力があって強く、ウキやハリも優れものです。
欧州の田舎の川辺や湖で釣っていると、周りにいる釣り人たちからは注目の的となります。釣りをする東洋人がいるだけでも珍しいのに、みんな見たこともない釣具に興味津々。しばらくは遠目に眺めているだけですが、そのうち近寄ってきては、「どんな仕掛けを付けているのか」とか、「エサは何を使っているのか」、さらには「釣り竿を一度持たせてくれないか」と話しかけられます。
スペインのコルドバに行ったある時、街外れに流れているグアダルキビル川で釣りをしました。そう、オペラ「カルメン」第1幕のフィナーレでカルメンが逃亡しますが、その目的地はこのグアダルギビル川の川向こうでした。それだけでも興奮するのに、茶褐色の川面には魚の背びれが見て取れます。ますます興奮が高まってきました。
釣っていると案の定、1人の釣り人がやって来ました。そして、お決まりの質問が始まります。エサに何を使っているかと聞かれ、パンを捏ねたものを使っていると答えると、「これじゃ駄目だ!」というのです。一旦帰っていったかと思うと、しばらくすると戻ってきて「これを使え! 」と。手渡されたのは、茶色くてフニャフニャした物体です。「これは何?」と尋ねると、「パタータ・フリットスだよ!」と数本手渡してくれました。
こんなもので釣れるのかと半信半疑ながら、このエサに付け替えてみることに。竿を下ろすと、何とすぐさま、ものの見事にヒットしました。しかも大物らしく、左右に力強く走り回ります。しばらく格闘していると、1人また1人と集まってきて、竿を押さえる人、網を持って走ってくる人など、手を貸してくれました。当の私はというと、呆然としてただ竿を持っているだけ。
結局は3人掛かりで、40センチはあろうかという大きな鯉を釣り上げました。みんな自分のことのように喜んで、日焼けした褐色の顔から白い歯がこぼれていました。