96. 私の好きな春の音楽
農家の春
春の訪れを心待ちにしているのは、作曲家たちも同じです。「春」をテーマにした楽曲が四季の中では一番多いのではないでしょうか。
タイトルにずばり「春」が付いている曲を作曲家の年代順に挙げると、まずはヴィヴァルディの「四季」より「春」。ヴァイオリン協奏曲の形を取った小弦楽アンサンブルで、軽妙に春を表現しています。鳥の鳴き声や気だるいイヌの鳴き声などを巧みに取り入れていますし、途中で嵐もやってきますが、かわいいものです。モーツァルトでは弦楽四重奏の14番、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ5番、シューマンの交響曲1番でも、それぞれ「春」とダイレクトに名付けられています。
「春の何々」と付けられている曲では、メンデルスゾーンのピアノ小品集「無言歌集」から「春の歌」、またヨハン・シュトラウスの「春の声」が有名です。グリークだとピアノによる抒情小品集の第3集に「春に寄す」、コープランドでは「アパラチアの春」、そしてストラヴィンスキーの「春の祭典」があります。「春の祭典」は原始宗教的な踊りがテーマで、穏やかな春のイメージとはかけ離れたドロドロとした力強い音楽ですが、すごい名曲です。そしてシューベルトの歌曲に至っては「春に寄せて」、「春の夢」、「春への憧れ」、「春の小川」、「春の歌」など、これでもかと作曲されています。
「春」とはタイトルが付いていないけれど、明らかに春をイメージした曲もあります。まずはベートーヴェンの交響曲6番「田園」。ウィーン郊外の小川や森、そして丘を背景に春が訪れた喜びを見事に表しています。これは自然現象の表現だけでなく、心の動きを描写しているところがベートーヴェンたる素晴らしいところです。
レスピーギの「ローマの松」では、ローマ独特の形をした松を通して目くるめく春の喜びやいにしえへの憧れなどを表現しています。鳥類学者でもあった彼は、3曲目の「ジャニコロの松」では夕暮れ時の鳥の鳴き声を巧みに扱って雰囲気を醸し出しています。ドビュッシーでは交響組曲「春」もありますが、「牧神の午後への前奏曲」も春を連想させます。ギリシャ神話のパンの神がパンフルートを携えているので、フルートのソロをメインにしたボワッ~としたパステルトーンの音楽ですが、ニジンスキー振り付けのバレエでは淡いエロスの表現や、バクストがデザインした装置、衣裳も見どころです。