ジャパンダイジェスト

水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

102. 私の好きな癒しの音楽

かぼちゃのある静物かぼちゃのある静物

ストレスが溜まったり、つらい状況に追い込まれたりしたとき、音楽を聴くと心が慰められるものです。「癒し」をテーマにクラシック音楽を集めたCDもたくさん販売されています。最近は幸いほとんどストレスを感じない状況の私ですが、今回はちょっと疲れたときにふと取り出して聴きたくなる曲をご紹介します。

以前、4年に1度ジュネーヴで開催される大きなイベントの仕事をしており、その準備に奔走していました。準備期間も長く、2カ月ほど体力的にも精神的にもつらい現場が続きます。このイベント期間、毎回ジュネーヴ市内のホテルの値段が4倍ほどにまで跳ね上がるので、いつも近郊のホテルを探しました。

ある年はルマン湖畔のタネという村に滞在していましたが、お店一軒すらない田舎でした。毎晩の楽しみは、帰り道に買い込んだビールやワインをちびちび飲みながら、ホテルの窓から見える広場の噴水を眺めること。当時はまだCDウォークマンの時代でしたが、それを小形のスピーカーにつなげて部屋で音楽をかけていました。

ふと気が付くと、毎晩のようにショパンの「ノクターン」を聴いていました。一体どれだけこの曲に助けられたことでしょうか、一日のつらい出来事がす~っと溶けていくかのようです。無事にイベント初日を向かえて一息ついたある日、朝早く最寄り駅まで下っていきましたが、黄金色に輝くブドウ畑の向こうには湖がキラキラと光っていて、思わず胸にジーンとくるものを覚えました。

これとは別のつらかった時期、ふらっとレコード店に入ると、店の人がかけたのでしょうか、クラリネットの甘いメロディーが流れてきました。思わず聴き入ったと同時に胸に込み上げる熱いものを感じ、すかさずこのCDを購入。流れていた曲は、モーツァルトのクラリネット協奏曲の第二楽章でした。

あの映画「アマデウス」では、イタリアの作曲家サリエリが、モーツァルトの妻をたぶらかして部屋に忍び込み、楽譜を盗るシーンがあります。彼は作曲家ですから、楽譜を見ただけで頭の中で音楽を想像することができるのですが、最初はモーツァルトの楽譜に修正箇所が全く無いことに驚嘆します。そしてある楽譜に目を通したとき、目からポロポロと涙が溢れ出しました。そのシーンで流れていたのも、まさにこの曲でした。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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