ジャパンダイジェスト

水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

4. オペラの誕生1

4. オペラの誕生1

タオルミーナの野外劇場
タオルミーナの野外劇場

いわゆる「クラシック音楽」と漠然と考えるとき、よほどの古楽ファンではない限り、一般的にはバッハ辺りから親しんで聴くことが多いと思われますが、オペラはなんとその100年以上も前に誕生しています。今日の交響曲や管弦楽曲などは、このオペラから発展してきたと言っても差し支えないと思われます。

我々が観ることのできる最も古いオペラは、オペラ史上第6作目に当たるモンテヴェルディの「オルフェオとエウリディーチェ」ですが、これはかなりの力作で、序曲を聴いただけでもこれから何かが起こりそうだという期待感でワクワクしてきます。太鼓の連打で始まり、4本のトランペットが勢い良くファンファーレを吹く様は、このオペラの序曲というよりも、オペラの誕生を高らかに歌い上げているようです。これに続く弦楽合奏も400年も前の音楽とは思えないほどモダンで、総勢約30人ほどの合奏は、この当時としては驚異的な規模でした。

そんなオペラですが、なぜこのようなものが作られたのでしょうか。それはルネッサンス末期、フィレンツェでの出来事がきっかけでした。ルネッサンスといえば、長い戦争が終結し、一大文芸が復興した時期でした。そして彼らが文芸の理想として憧れたのが、この時代から1500年も前のギリシャ文化です。建築をはじめ、絵画や彫刻などもその影響を受けています。

そんな折、当時フィレンツェには、カメラータ(仲間たちの意)と言われる文芸サークルのようなものが多く存在していました。その中の1つに、バルディという伯爵が旗振り役となっていたカメラータがあり、もうすでにほとんどの文献が失われていたギリシャ劇なるものを復興しようではないかという提案がなされます。この仲間には、ガリレオ・ガリレイの父でギリシャ文化の研究者だったヴィンツェンツォ・ガリレイもいたそうです。また、ギリシャ劇には音楽的要素が重要な役割を果たしていることが分かり、仲間の作曲家、ペーリとリヌッチーニに当時の音楽を想定しながら作曲を依頼します。そしてついに、人類史上初のオペラ「ダフネ」が上演されるに至りました。

彼らとしては、あくまでもギリシャ劇を再現したつもりでしたが、この作曲段階で、実は重要な過ちを犯していたのでした(次回に続く)。

 

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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