17. ウィーンのカフェ
カフェ・セントラル
“Gemütlich”というドイツ語を一言で言い表すのは難しいのですが、まあ、簡単にいえば「何とも心地良い状態」を意味するといえるでしょう。そんなGemütlichな、雰囲気の良いカフェに座ってゆったりとした時間を過ごすことは、一時の幸せそのものです。
欧州の中でも長いカフェの歴史を誇るウィーンには、伝統的なカフェが至るところにあり、それはもう文化といえる領域にまで達しています(2011年には、ウィーンの伝統的なカフェハウス約100軒が、ユネスコの無形文化遺産に登録されています)。
カフェ文化が根付いたことの発端は、オスマン帝国による欧州進撃作戦「第2次ウィーン包囲」(1683年)にまでさかのぼります。ウィーンは陥落も危ぶまれましたが、ポーランド軍をはじめとした援軍の急襲により、オスマン帝国軍を撤退させることに成功しました。
その際、オスマン帝国軍が放置していった糧食の中には、コーヒー豆が入った大量の袋があったそうです。そして伝説によると、ウィーンで初めてカフェを始めたのは、そのコーヒー豆を褒美としてもらい受けたポーランドの退役軍人、いや、敵の急襲をいち早く知らせた早起きのパン屋だった、などといろいろな説があるようですが、オープンは1685年ということですから、かれこれ300年以上の歴史があるわけです。
黒いスーツに蝶ネクタイの“Herr Ober”、いわゆるボーイさんはプロ意識が高く、“カフェ道”なるものを楽しんでいるようです。カフェには、常備されている新聞全紙に目を通す人、トランプやビリヤードに興じる人など、一日中をそこで過ごしているような常連客もいて、まるで自宅の居間にいるようにくつろいでいます。
コーヒーには、ウィーン独特の名称が付いています。エスプレッソは“Mokka”、クリーム入りは“Brauner”、泡立てたミルクが入った“Melange”など、数えきれないほどの種類です。
私のお気に入りカフェハウスは「Central」「Hawelka」「Dommayer」。一度、著名な芸術家を常連客に持つカフェ・ハヴェルカでは、同店創設者夫人のヨセフィーヌさんから握手を求められたエピソードがあります。「かの芸術家たちに触れてきた手だ!」と、ドキドキしながら手を差し出したことを思い出します。