18. シスレーの洪水
サン・ジェルマン・アン・レーの石橋
印象派の画家アルフレッド・シスレーが描いた「ポール=マルリの洪水(Inondation à Port-Marly)」。昔、その洪水の様子が描かれた町へ自分が向かっている夢を時々見ることがありました。夢の舞台は中部フランス辺りのようで、なぜか汽車に乗り、大きな川に掛けられた鉄橋を渡っています。実際は違うのに、なぜ中部フランスだったのかは分かりませんが、何度も同じ夢を見るというのは、絵に対する憧憬というのか、印象がよほど強く残っているのだなと、思い返しています。
その絵は、パリのオルセー美術館で何度か見たこともあるのですが、ずっと昔、まだ私が小学生の頃に、東京と京都を巡回した「ルーブル美術館展」という展覧会で見たのが最初です。
それはもう大きな展覧会で、母親に連れられて京都まで見に行きました。大阪の淀屋橋から三条までは、特別仕様の「ルーブル号」という列車に乗ったことも覚えています。会場となっていた岡崎にある市立美術館に着くと、もう幾重にも来場者の列ができていました。
押すな押すなの人混みの中、入ってすぐに目に飛び込んできたのは、ギュスターヴ・クールベの大きな「水辺で戦う鹿(Le rut du printemps.Combat de cerfs)」の絵。それに、ジャン=フランソワ・ミレーの「春(Le Printemps)」も印象的でした(これらの絵は、まだオルセー美術館がなかった時代、ルーブル美術館に展示されていました)。
それに比べてこのシスレーの「洪水」の絵は、さほど大きくもなく、むしろ穏やかでおとなしい絵でした。なぜこの絵が、夢に出てくるほど印象に残っているのか……。おそらく、なんの変哲もない風景に、洪水というその自然災害が、何か日常的ではない不思議な光景として、私の頭にインプットされたのでしょう。
そのうちに、これは一度訪れなければと、真剣に考えるようになりました。インターネットで調べてみると、この町は、パリ北部のセーヌ川に沿ったところで、それほど遠くはありません。しかも、その絵に描かれた家もまだ現存しているといいます。パリから出ているサン・ジェルマン・アン・レー行きのバスで、近くまで行くことができると分かり、思い切ってバスに乗り込みました。(次号に続く)