19. シスレーの洪水 2
洪水の家 ポール=マルリー
シスレーが描いた「洪水の町」を見るべく、パリからバスに飛び乗って、終点のサン・ジェルマン・アン・レーまでやって来ました。
この町には大きな城があり、シスレーはこの城からの眺めも描いているので、まずはここを散策してみることに。町の名前と同じ、サン・ジェルマン・アン・レー城と名付けられたこの城は広大な敷地の中にあり、お城に沿って庭園の端の高台まで歩いて行くと、丘陵のぶどう畑越しにはパリの町が一望できました。
町の方向へ戻り、北フランス風の古くて渋い、落ち着いた雰囲気の町並みをぶらりと歩いてみることにしました。インフォメーションセンターで地図でももらおうと立ち寄ると、その入り口の上には「ドビュッシーの生家」とあります。ええ?! 知りませんでした。その生家は現在、記念館になっていて、運悪くその日は休館日だったのですが、中庭へは入れてくれました。
その建物には木製の階段が壁にへばりつくように付いており、彼が生まれたと思われる3階部分へ上がると、中庭越しに家々の屋根が見渡せます。上を見上げると、小さく切り取られた空に雲が流れていました。彼が作曲した「夜想曲(Nocturnes)」に出てくる雲は、こんな風景だったのかしら……と思いを馳せましたが、実際には2歳までしか住んでいないとのことでした。
さて、いよいよお目当ての洪水の町へ。町の名前はポール・マルリー。この辺りかな、と思われるバス停でえいっと下車し、川の方へ向かって歩いてみると、左前方の角に見覚えのある建物が。おお! ありました。夢にまで見たあの光景が。彼が描いた場所には、コピーの絵が入ったプレートまで立っています。感無量……。無言でしばらく眺めました。絵の中の建物は、現在もほとんど変わりありません。もちろん洪水ではありませんが。
気がつけば、嬉しさのあまり、この建物の壁をなでていました。周囲にいた人の目には、かなり奇妙な東洋人に映ったことでしょう。その建物の前は小さな公園になっていて、それを抜けるとすぐにセーヌの運河にぶつかりました。水が岸辺までひたひたと迫っていて、これなら簡単に洪水になるわけだ、と納得しました。
残念なことに、その後、この洪水の町を訪れる夢を見ることはなくなりました。