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水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

26. ビゼーのオペラ「カルメン」1

26. ビゼーのオペラ「カルメン」1

抜け道(セビリア)
1幕目幕切れでカルメンがここを通って逃げたと、こじつけられた抜け道(セビリア)

戯曲の中には、時代や場所の設定を変えても大丈夫な作品と、変えると雰囲気やテーマが崩れてしまう作品があります。前者の典型的な例が、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」をリメイクしたバーンスタインのミュージカル「ウエストサイド物語」や、「マクベス」をベースにした黒澤明の映画「蜘蛛巣城」です。シェイクスピアの戯曲の登場人物は、人間本来の性格や内面をとことん追求したもので、時代や国が違ってもその本質は変わらないのです。

その対極にあるのがビゼーのオペラ「カルメン」で、設定を変えると事件の背景がぼやけ、全体を取り巻く雰囲気が壊れてしまいます。今まで様々な演出家がリメイクを試みましたが、おおむね失敗に終わっているようです。唯一、私が観た成功例は、ベルリンのコミッシェ・オーパーで上演された、奇才ハリー・クプファー演出のものでしょうか。設定は戦後間もない頃のドイツで、歌詞もドイツ語での上演です。

3幕目の「ピレネー山中」のシーンが寂しげな駅に置き換えられ、本来は案内人に連れられ馬に乗ってくるはずのミカエラは、古い路面電車に乗ってポツリと駅に降り立ちます。途中から出てくる山賊たちは、なんとハーレーダビッドソンにまたがり、革ジャンにサングラスで登場します。いつもは弱々しく小心のミカエラは、ホセの胸ぐらを引き寄せて「帰ろう!」と迫り、強いドイツ人女性に変身しています。これは例外中の例外ですが、ここまで徹底していると説得力の強い納得の出来栄えでした(本作のあらすじは次回で)。

さて、この「カルメン」、オペラの中でも最も人気の高い演目ですが、作曲者のジョルジュ・ビゼーも原作者のプロスペル・メリメも、今日の成功を知らずに他界しています。考古学者でもあったメリメは、地質調査のために2度スペインを訪れていますが、ある地方の居酒屋で出会った男(恐らくホセ)の話を基に、この小説を書いています。小説は人気が出たため、戯曲に書き直され上演されましたが、当のメリメは戯曲化される前に亡くなっています。一方、この頃新しい題材を模索していたビゼーは、この小説を読んでオペラ化を決意。周到な準備の後、パリのオペラ・コミック座で上演される運びとなりましたが、初演では、斬新な内容に戸惑った観客から散々な酷評を受けてしまいます。(続く)

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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