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Sa. 18. Nov. 2017

42. マーラーの作曲小屋3-トブラッハ

小屋
トブラッハの眺め(作曲小屋から)

マーラーの三つ目、即ち最後の作曲小屋は、南チロルのトブラッハ(イタリア語でドッビアーコ)にある山の中腹に建っています。

1908年、50歳を迎えようとしていた彼の状況は最悪と言っても差支えがないほどでした。1年前には長女を亡くし、ウィーンの職は解雇され、自らは心臓病を起こし、精神病も煩いフロイト博士の診断を受けていました。

それに何と言っても彼を悩ませたのは妻アルマの浮気でしょうか。アルマは恋多き女性として知られていますが、結婚をする前から彼女の師であった作曲家のツェムリンスキーとも噂されていましたし、画家のクリムトとも親しかったようです。そしてこの当時は著名な建築家で後にバウハウス創設者となったヴァルター・グロピウスと付き合っていて、グロピウスはわざわざトブラッハまでアルマに会いに来たとも言われています。

そんな状況の中、マーラーの交響作品はちょうど9番目の構想に差し掛かっていましたが、「9番」を呪いのように思っていた彼は躊躇します。それはベートーヴェンをはじめブルックナーなど偉大な交響曲作曲家達が「9番」を最後に他界していたからです。若い頃から死に対する不安が付きまとっていたマーラーにとって「9番」を作曲するには決死の覚悟が必要でした。結局は「9番」として着想した曲は「大地の歌」という別名の交響曲とし、タイトルに「9番」と付けるのを避けてしまいます。

しかし、意を決したように、とうとうこの作曲小屋で「9番」の制作に取り掛かります。曲は「大地の歌」の最後のフレーズ「永遠に~」から同じメロディーを受け継ぎ静かに始められ、途中はもうヤケクソ気味の気分にもなりますが、最終楽章では穏やかな気持ちで死に対する恐怖から解かれ、むしろ憧れすら感じさせる崇高な音楽にまで昇華しています。

ただ、この作曲小屋は現在、人寄せパンダよろしく作られた動物公園の中に埋もれてしまっているのが、少しばかり残念です。夕方ちょっと悲しい気分になって「そろそろ帰ろうか」と、遠くトブラッハの町を眺めていると、教会の鐘が鳴り出しました。「カン・コ~ン、カン・コ~ン」……「これって1楽章の最後の方で鳴る鐘と同じメロディー……」ジワッ~と目に熱いものを感じました。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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