ジャパンダイジェスト

水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

59. セザンヌを訪ねて⑦ ビベミュスの「石切り場」

59. セザンヌを訪ねて⑦ ビベミュスの「石切り場」

石切り場のアトリエ
石切り場のアトリエ

セザンヌの画風は晩年になるに従って、より知的で論理的な画法の傾向が強まってきます。目の前のモチーフを感じるままに描くのではなく、純粋に形と色の世界を彼流に組み立て直し、さらに構築していきます。

山や木々、人や静物など自然の形状も幾何学的な形に構成し、円、球、円錐に分析。そして、正三角形には不動の安定感を見出していました。この時期の彼の作品を観るとき、描かれているモチーフの輪郭線を外し、少し目を細めて純粋に形と色の作品として観賞してみると、それは実に絶妙なバランスで構成されています。この頃から影の存在も無視し始めているようです。

そんな彼が晩年好んで出かけたのは、ビベミュスの「石切り場」でした。ここはセザンヌが生まれる前に起こった建設ブームの時代に掘り出されたそうで、彼は若い頃からゾラたちと訪れ興味を抱いていたようです。小高い山はかなり深く掘り下げられ、まるで迷路のような谷になっています。ほぼ垂直に掘られた岩肌は明るい茶褐色で「これこれ……セザンヌが描いていた色と同じだ!」とにわかに気持ちが高ぶっていきます。

所々、通り抜けられるようにトンネル状の岩もありますが、これが正三角形の形をしていて「ここでも構図のインスピレーションを受けたのだろうな~」と感慨にふけっていました。彼が描いた場所には絵のコピーが取り付けられていて、興味深く観賞できます。ちょっと広くなった高台では数枚描いており、そのうちの1枚には岸壁の向こうにサント・ヴィクトワール山が描かれていますが、この位置からは見えません。おそらく別の場所から見えるサント・ヴィクトワール山を合成させているようで、画面を構成するという意識がしっかりと見て取れます。

彼は石切り場内にポツンと建つ古い家をアトリエとして借りていたそうです。ここに数日間滞在し制作をしていたようですが、街からはかなり遠いので、60歳を過ぎているにもかかわらず軍隊で乗馬の手ほどきを受けて通っていたそうです。なんの変哲もない石切り場だろうと、それほど期待をしないで行ったのですが、イヤイヤ、とても興味深い所でした。ちなみに、ここへは観光案内所で申し込み、町外れの駐車場で指定された時間に集合しガイドさんと一緒でないと入山することができません。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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