#5 IKEAへ行こう
晴天の週末。何となくIKEAに行きたくなった。埼玉のIKEAもそうだったけれど、ライプツィヒのIKEAもバスに揺られて小一時間ほどの郊外にあるから、その日僕たちは遠足気分だった。バスはいくつものカフェや教会の前を通り過ぎ、住宅はアパートから一軒家へと移り変わり、巨大な工場の脇を抜けると牧歌的な田園風景が広がっている。思えばドイツの景色っていつもこんな感じだ。
そうやってトコトコと走ったら目的地に到着したので、僕は生後半年の息子を抱いてバスを降りた。それに続いて妻がベビーカーを引いて降車する……はずだったが、彼女が降りる直前でドアが閉まり、バスはそそくさと走り去ってしまった。
取り残される僕と息子。携帯も財布も何もかもを妻に預けていたので、僕は何一つ持ってない。息子は靴下さえ履いてない。今、僕らはあまりにむき出しで、無防備である。広い空は晴れ渡っていて、辺りには田園とIKEAだけがある。何だか不思議とすがすがしい気持ちになってきた。
旅先で列車を乗り過ごしたり、道に迷って途方に暮れたりした時に訪れるこの感情。困った状況なのに、何となく自由な気持ち。そう、これはまさに「旅情」なのだ。予定調和のレールをはみ出し、予定不調和な獣道に踏み込んだとき、そこに胸の高鳴りがあれば、もう旅は始まっている。
幸いほどなくして妻が戻ってきてくれたので、僕たちはいつも通りのIKEAで食事や買い物を楽しんだ。そういえば妻が妊娠してからは旅をしていない。この子がもう少し大きくなったら、一緒に旅へ出てみたいと思った。