ジャパンダイジェスト
独断時評


米国金融危機とドイツ経済

9月15日、世界中に激震が走った。サブプライム関連投資による損失のために、米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、メリル・リンチが別の銀行に買収されたのだ。投資銀行の名門として知られた2社の経営が行き詰まったことは、昨年夏に表面化したサブプライム危機が、いかに深刻なものであるかを浮き彫りにしている。米国政府は住宅金融専門会社ファニー・メイとフレディー・マックを倒産から救うために、国有化するという異例の措置を取ったばかり。両社は、米国でローンを利用して住宅を買った市民の2人に1人に融資を行っている。そうした会社が倒産した場合、社会的な混乱につながる恐れがあるため、ブッシュ政権は公的資金の投入に踏み切ったのだ。

だが投資銀行は、ハイリスク・ハイリターンを狙うのが身上。米国政府も、ビジネス上の判断を誤って巨額の損失を抱えた民間企業を、市民の税金を使って救うことはさすがに思いとどまった。だがリーマン破綻の影響は、国内にとどまらない。ウォール街を震源地とする衝撃波は、ドイツなど全世界の株式市場で金融銘柄を中心に株価を大幅に引き下げた。市民の間では、「自分の生命保険や年金は大丈夫か?」と心配する声も出ている。現在世界中の投資家が浮き足立っているため、1980年代のブラックマンデーのように、株価が一段と大きく下がる事態もあり得る。

ドイツでは前のシュレーダー政権が始めた「アゲンダ2010」によって、公的年金など社会保障が削減されつつある。このため数年前から民間の保険会社の年金保険が飛ぶように売れている。ドイツの多くの生命保険会社は、2000年のITバブル崩壊の苦い経験から、運用ポートフォリオの中で株式投資の比率を低くしている。株式投資は10%前後にとどめている会社が多く、大半の資金はリスクが低い社債などに投資されている。このため生命保険会社は、株価が暴落しても、保証している利回りを提供できなくなったり、経営が破綻したりするリスクは少ないと思われる。

より懸念されるのは、米国の金融不安が世界の景気に与える影響だ。米国では不動産価格が下がり続けており、サブプライム関連の運用ポートフォリオは今後も劣化する危険が大きい。これからも投資銀行や保険会社の経営が行き詰まり、ダウ株価指数が下落した場合、米国の景気が冷え込み、ドイツからの輸出に悪影響を与える可能性がある。

ドイツの今年の経済成長率は1.8~2.0%と予想されているが、来年は1.0%前後に落ち込むと見られている。サブプライム病にかかった米国という患者の容態に、早期回復のめどが立たなければ、ドイツなど欧州諸国の経済は風邪をひくどころか、重篤なインフルエンザにかかってしまうかもしれない。昨年ドイツ産業銀行が破綻の危機に陥った時、ドイツ連邦金融監督庁のヨッヘン・ザニオ長官は、「(サブプライム問題は)1930年代以来、最も深刻な危機だ」と発言して、一部の関係者から「大げさだ」と批判された。だが米国の状況は、ザニオ氏の警告が的を射ていたことを示している。

26 September 2008 Nr. 733

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:03
 

SPD危機は終わらない

日本では総理大臣が突然職を投げ出して国民を驚かせたが、ドイツでも大連立政権の一党である社会民主党(SPD)で党首が突然辞任し、社会に衝撃を与えた。もっともクルト・ベック氏が党首を辞めるのは、時間の問題だと思われていた。彼の政策や態度は、SPDへの支持率が30%を割った原因の1つだったからである。ベックは、シュレーダーの改革路線にブレーキをかけ、社会保障の削減を見直すことによって、左派ないしリベラルな市民をSPDに引き戻そうとしていた。つまりシュレーダーが首相だった頃に、右に揺れたSPDの振り子を、左寄りに修正しようとしたのだ。このためシュレーダー路線の支持者だったミュンテフェリングは、SPD執行部からはじき出されて、野に下った。

だがベックの特徴は、他のSPD幹部と十分に協議を重ねないまま、自分の考えを党の路線であるがごとくマスコミに話してしまうことだった。たとえばベックが、ヘッセン州のSPDと左派政党リンケの連立についてゴーサインを出したことは、SPDの中道、右派の市民を失望させた。リンケの一翼を担う民主社会主義党(PDS)の前身は、東ドイツの政権党として、人権を抑圧したドイツ社会主義統一党(SED)だからである。

ベック自身の説明によると、彼は来年の連邦議会選挙で首相候補として出馬せず、シュタインマイヤー外相を首相候補にすることについて、数カ月前に同意していた。だが一部のSPD関係者が9月上旬に「シュタインマイヤーがベックの反対を押し切って首相候補になる」という誤った情報をマスコミに流したため、ベックは怒って党首の座を放り出したのだ。SPDの幹部たちがいがみ合い、統率がとれていないことが国民の前にさらけ出された。

後任の党首が、すでに政界を離れたと思われていたミュンテフェリングであることも、SPDの人材不足を浮き彫りにしている。彼とシュタインマイヤーは、ともにシュレーダーの改革路線を後押ししたSPD右派に属する。グローバル経済の時代にドイツを適応させ、雇用を増やすには、社会保障サービスを減らして企業の国際競争力を高めることが重要だと考えている。つまり、ベックが左に揺らそうとした振り子を、今度は右に戻そうとする政治家たちである。SPDの路線が短い期間に豹変することに、有権者はとまどうばかりだ。この2人の登場で、SPDの政策は原子力問題を除けばキリスト教民主同盟(CDU)に極めて似てしまい、差が見えにくくなるだろう。ということは、SPD、CDUともに単独過半数を取れないという前回総選挙の悪夢が再来することも考えられる。その意味でSPDの危機は終わっていない。

多くの市民は、シュレーダーの改革路線によって、自分の生活水準が下がることに強い不安を抱き、社会保障サービスの現状維持を望んでいる。来年の総選挙で、ミュンテフェリング&シュタインマイヤーのコンビに失望した市民の浮動票が左派政党リンケや緑の党に流れるかもしれない。SPDのお家騒動に有権者がどう反応するかを占う最初の試金石は、今月28日のバイエルン州議会選挙である。

19 September 2008 Nr. 732

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:03
 

アフガン戦争とドイツの苦悩

最近アフガニスタンから流れてくるニュースは、ドイツにとって悪いものばかりだ。8月下旬には北東部のクンドゥスでパトロール中のドイツ軍兵士が、道端に仕掛けられた爆弾で殺害された。これまでドイツ軍が駐留している北東地域は、他の地域に比べて治安が良かったが、今年に入ってから抵抗勢力による攻撃が増えている。

8月28日の夜には、クンドゥスの検問所で悲惨な事件が起きた。ドイツ軍とアフガン人の警察官が共同で警戒にあたっていたところ、2台の自動車が検問所に接近。兵士と警察官たちは止まるように指示したが、車が接近し続けたので発砲した。その結果、車に乗っていた女性1人と子ども2人が死亡し、4人の子どもが重軽傷を負った。

紛争地域に展開する国際治安支援部隊(ISAF)は、停止するよう命じても車などが止まらない場合、自爆テロの危険が高いので武器の使用を許されている。市民を殺したのがアフガン人の警察官か、ドイツ兵かはまだわからない。いずれにしても、誤って婦女子を殺傷した者は一生癒えることのない心の傷を負うに違いない。

市民が犠牲になる事件は増加している。アフガン内務省の発表によると、8月末にはヘラート州で米軍が行った爆撃で、50人の子どもを含む76人の市民が死亡した。米軍にしてみれば「付近にタリバンのゲリラがいたので攻撃した」と主張するのだろうが、これだけ多数の市民が犠牲になるとは戦慄するしかない。

ドイツの左派政党や、緑の党に属する議員からは「アフガンでの汚い戦争に巻き込まれてはならない」という声が出始めている。読者の中には、「なぜドイツなどNATO(北大西洋条約機構)加盟国はアフガンで戦っているのか」と思われる方が多いだろう。最大の目的は、2001年9月11日にニューヨークとワシントンで起きたような大規模テロの再発を防ぐことだ。当時、タリバン政権はテロ組織アルカイダを保護し、ビンラディンは同国にテロリストの訓練基地を持っていた。今タリバンはパキスタンとの国境に近い地域を拠点として、アフガン全土で抵抗活動を強めている。もしも米国を中心とするISAFがアフガンから撤退した場合、タリバンが政権を奪回し、再びアルカイダがこの国を拠点として欧米に大規模なテロ攻撃をしかける危険がある。

ISAFの兵力は02年には5000人だったが、今年春には8倍の4万3000人に増えている。それでもタリバンによる攻撃は衰えず、兵士に対するテロ攻撃の数は06年からの1年間で2倍に増えた。タリバンとの戦闘任務を受け持っている米国、英国、カナダ軍の間では死傷者が増えている。このためNATOは、これまで主に平和維持や復興任務にあたってきたドイツに対して、戦闘任務も受け持つように要請している。ドイツ政府は、アフガンに駐留している兵士の数を現在の3500人から1000人増やす方針だ。かつて精強を誇ったソ連軍も、アフガンでは敗北して撤退した。ドイツと西欧諸国は、アフガン駐留が長引くほど不利な立場に追い込まれていくに違いない。

12 September 2008 Nr. 731

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:03
 

IKB救済で国民に巨額負担

デュッセルドルフに本社を持つIKBドイツ産業銀行が、米国のサブプライム関連投資によって巨額の損失を出したというニュースが金融界をかけめぐったのは、ほぼ1年前の夏だった。そして先月末、IKBは米国の投資会社ローンスターに買収されることが決まり、ドイツ経済史上に残る大規模な銀行スキャンダルには、一応終止符が打たれることになった。

ローンスターはIKBの名前を温存し、中小企業に融資を行う専門銀行としての業務は続けさせる。だがこの銀行救済を批判する声もある。その最大の理由は、国民への巨額の負担だ。

IKBの最大株主は、KfW(復興金融公庫)という国有銀行。KfWと連邦政府がIKB救済のためにつぎ込んだ資金は92億ユーロ、日本円で1兆4904億円という莫大な金額である。民間銀行が拠出した金額も合わせると、IKB救済のために107億ユーロものカネがIKBの損失の穴埋めにあてられた。KfWが政府の金融機関であることを考えると、1兆円を超える国民の税金が、1つの銀行を倒産から救うために使われたことになる。ドイツ政府などは、「もしもIKBが倒産していたら、金融業界全体に深刻な影響が及んでいただけでなく、ドイツ経済のイメージにも傷がついていただろう」と主張して、公的資金による銀行救済を正当化している。

このスキャンダルが昨年表面化するまで、IKBはドイツの銀行業界で「石橋を叩いて渡るような堅実な銀行」という評価を受けていた。このためIKBの株式は、慎重で保守的な投資家の間で人気があったとされる。だがIKBの2003年の年次報告書には、同行が国際金融市場で証券化された商品に投資していたことがすでに記載されている。IKBは豊富な資金を持っていたため、運用担当者に対し、積極的な投資によって利益を上げるよう圧力をかけたのだろうか。

ちなみにIKBが投資したサブプライム関連商品は、当時格付け会社からトリプルAという最高級の格付けを受けていた。つまり運用担当者は「リスクが少ない投資」と考えたのである。証券化された金融商品では、どのようなポートフォリオを含んでいるかが見えにくくなっている。IKBは独自の細かい分析を行わず、格付けを鵜呑みにして、サブプライム関連商品が大きなリスクをはらんでいることに気づかなかった。

だが米国の金融関係者の間では、すでに2001年当時から「不動産価格が下がれば、サブプライム関連商品は大きなリスクになる」という意見が出ていた。デュッセルドルフの運用担当者、そして役員たちはそうした声を聞かなかったのだろう。その結果、伝統的な金融機関は破綻の瀬戸際に追い込まれ、国民がつけを払わされることになった。

IKBの危機は、金融機関のリスクマネジメントがいかに難しいか、そして危険なポートフォリオへの投資が社会に与える影響がいかに大きいかを浮き彫りにした。政府の金融監督官庁は、サブプライム関連商品に高い格付けを与えていた格付け会社の責任も、明確にするべきではないだろうか。

5 September 2008 Nr. 730

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:03
 

冷戦の再来?独ロ関係に暗雲

黒海に面したソチは、年間平均気温が14度という比較的温暖な気候で知られ、ロシアで最も人気のある保養地である。だが8月15日にここで行われたメルケル首相とロシアのメドベージェフ大統領の首脳会談は、氷に閉ざされたような雰囲気の中で行われた。メルケル首相は終始硬い表情を崩さず、ソチでの滞在時間も大幅に減らされた。

その理由は、南オセチアをめぐる領土紛争で、ロシア軍がグルジアに侵攻した際に一部の都市に激しい空爆を加えただけでなく、首脳会談が開かれた時点ではグルジアの領土の一部を占領していたからである。メルケル首相は、「ロシアの対応は明らかに度を過ぎていた。グルジアの領土変更は許されない」と述べ、同国を厳しく批判した。

これに対しロシアは、「グルジア政府が南オセチアに軍を送ったので、そこに住むロシア系住民を守るために派兵した」という従来の主張を繰り返した。

ロシアに対するドイツの態度は、日一日と厳しくなっている。ドイツ政府のスポークスマンは8月18日に「グルジア侵攻によって、ロシアと欧州連合(EU)の関係は転機を迎えた」と述べ、EU加盟国が近く対ロシア関係の見直しについて協議することを明らかにした。

ドイツは、コール氏、シュレーダー氏が首相だった時に、ロシアとの関係改善に尽力した。特にシュレーダー氏はプーチン首相と密接な関係を築き上げ、自宅にまで招いて「正真正銘の民主主義者だ」と持ち上げた。彼は首相だった時に、ロシアから天然ガスをドイツに直接供給するバルト海パイプラインの建設プロジェクトをまとめあげたが、議員辞職後、このプロジェクトを運営する会社の監査役会長に就任している。メルケル首相は社会主義時代の東ドイツで、ソ連による圧制を見ているだけに、ロシアに対してはシュレーダー氏よりも批判的だった。グルジア侵攻は両国の関係を著しく冷却させるだろう。北大西洋条約機構(NATO)は、ロシアとの共同協議を中止したほか、米国では「経済主要国サミット(G8)からロシアを外すべきだ」という主張も出ている。

グルジア戦争をめぐり、ドイツは一部の国から批判の矢面に立たされている。今年4月にNATOがブカレストで首脳会議を開いた時に、メルケル首相はグルジアが周辺国との領土紛争を解決しないまま、NATOに加盟することに反対した。このためNATOはグルジアを将来加盟させる方針を示したものの、具体的な時期は明言しなかった。一部の国々はロシアの姿勢について、「グルジアのNATO加盟が決まる前に、南オセチア問題を強引に決着しようとして侵攻した」という意見が出ている。つまりドイツがグルジアのNATO加盟に反対したことが、間接的に今回の侵攻につながったという主張だ。ドイツ政府はこの主張を全面的に退けているが、ブカレストの会議がロシアの対外政策に大きな影響を与えた可能性はある。ゴルバチョフ時代に溶けた東西間のわだかまりは、約20年経った今復活し、「第2の冷戦」が始まるのだろうか。ドイツだけでなく、欧州全体にとって大きなマイナスである。

29 August 2008 Nr. 729

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:02
 

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