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ベルリンの光と影

ベルリンの光と影 ベルリンのヴェディング地区。信号が赤になったので車を停めたら、外国人らしき子どもたちが、頼みもしないのにフロントガラスに洗剤の混ざった水をかけ、ブラシでこすろうとする。掃除の押し売りによってドライバーから小銭をもらおうとする、新手の物乞いである。ただ金をせがむのでは恵んでくれる人も少ない。そこで窓を拭けば、お金をもらえる確率が高まるかもしれないという計算である。ドライバーの中には、窓を拭かせて、小銭を払わないで走り去る者もいる。2週間の滞在で3回、こんな子どもたちに遭遇した。ベルリンには車で何度も来ているが、「窓拭き押し売り」にあったのは初めてだ。

実は、シチリア島など南イタリアの貧しい地域では、何度かこのような子どもたちに出会ったことがある。このため、「ベルリンもシチリア島並みになってきたのかなあ」と、複雑な気持ちだった。

首都ベルリンの貧しさは様々な統計に表れている。ハンブルク市当局が、ドイツの各州の経済パフォーマンスを比較した統計によると、2004年から06年のベルリンの市民1人当たりの国内総生産(GDP)は2万3300ユーロで、ハンブルクよりも51%、バイエルン州よりも27.4%少ない。市民1000人当たりの生活保護受給者の数はベルリンでは143人。バイエルン州の39人、バーデン=ヴュルテンベルク州の40.9人を大幅に上回っている。

連邦労働庁によると、今年5月のベルリンの失業率は14.1%で、全州の中で3番目に高い。バイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州の失業率(4.1%)の3倍を上回る数字だ。一方ノイケルン地区では、青少年による暴力事件が増えているため、昨年から一部の公立学校では、校門の前に警備員を立たせて、出入りする生徒の身元を確認している。

ベルリンの失業率が高い原因の一つは、多くの従業員を雇用する大企業がないことだ。ジーメンス、アリアンツ、ダイムラーなどの大企業は、旧西ドイツ、特に南西部に集中している。ベルリンは政治、外交、ジャーナリズムの中心地ではあるが、企業活動のメッカではないのだ。連邦制を採用しているため、企業が政府のお膝元に集まる必要はないのだ。

かつて住んだことのある米ワシントンDCもそうだった。議員や記者、外交官、ロビイストは多いのだが、大手企業の本社はほとんどない。テレビの画面に映ることはめったにないが、北西部の住宅街やホワイトハウスの周辺を除けば、ワシントンは貧しい町である。

もっとも、ベルリンは裕福ではなくても、異文化を吸収するエネルギーと歴史の重層性を持った、ドイツで最も興味深い町であることには変わりない。特に文化と知識の面では、バイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州にはないパワーを秘めていることを忘れてはならない。

8 August 2008 Nr. 726

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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