そもそも放射線障害とは?
放射線の人体への影響には、多量の被ばくにより特定部位の細胞が死滅してその部分の機能が失われる場合と、放射線の作用により細胞内のDNA(遺伝子情報を有する物質)が損傷して生ずる障害(発がん、遺伝的影響など)があります。専門用語で前者を放射線被ばくによる確定的影響、後者を確率的影響と呼んでいます。
図1 障害による「しきい値」の有無
確定的影響とは?
ある一定の放射線量(しきい線量)を超えて被ばくすることにより生ずる障害で、血球減少や白内障、脱毛などの症状が生じます。放射線に対する細胞の感受性は組織によって異なり、例えば、250 ~ 500ミリシーベルトで白血球の減少がみられ、約5000ミリシーベルトで皮ふの発赤がみられます。造血組織、消化管粘膜は感受性が高く、筋肉細胞や神経細胞は低くなっています。
表1 放射線の人への影響
(文部科学省、平成17年の第20回放射線安全規制検討会より引用改変)
確率的影響とは?
発がんや子孫に伝わる遺伝的影響については、特定の「しきい線量」はなく、被ばくした線量が大きいほど発生の確率が高くなると仮定されています。私たちの身体は、軽度のDNA損傷があってもうまく修復される仕組みになっています。しかし、DNAの損傷が大きい場合や何らかの原因で修復機能が低下している場合には、DNA損傷がそのまま固定され、がんの誘引となる可能性があります。広島と長崎における調査では、200ミリシーベルト以下の被ばくでは、統計的に有意ながん発生率の増加は見出せなかったものの、全く関係しないという結論も得られませんでした。
直ちに健康に影響のないレベルとは?
従って、「直ちに健康に影響がない」「人体に影響しない」という表現は、主に「しきい線量」が分かっている外部被ばくによる確定的影響について述べていると考えることができます。現在のところ、100ミリシーベルト以下の低線量放射線の健康への影響については専門家の間でも様々な意見があります。
急性放射線障害とは?
短時間に大線量の放射線を被ばくした後に、短い潜伏期をおいて現れる障害を急性放射線障害と呼びます。臨床症状としては、嘔吐(48時間以内)、皮ふの赤み(数時間~数日以内)、脱毛(2~3週間以内)、検査値としてのリンパ球減少(24~72時間以内)、染色体への影響(数時間以内)と言われています。被ばく線量が多いほど症状の出現が早く、重症度も増します。
「外部被ばく」とは?
放射線を体の外から受け、放射線源が対外にある被ばくのことです。私たちは、宇宙や大地など自然界からも日々、微量の放射線を受けています。健康への影響は、β線は皮ふまでしか到達しないので皮ふの障害が、γ線や中性子線では内蔵への障害が問題となります。α線は物を通り抜ける力が弱いため、問題になりません。放射線を発している源からの距離が遠く離れるほど影響は少なくなります。大切なのは、離れること、遮ること、そして被ばく時間を短く抑えることです。
「内部被ばく」とは?
口、鼻、皮ふから体の中に入った放射性物質は、甲状腺・肺・骨・消化管・筋肉などに留まります。このように体内から放射線被ばくを受けることを内部被ばくと言います。放射線源が体内にあるため、プルトニウムなどα線を出す核種も問題となります。チェルノブイリ原発事故では、放射性ヨウ素で汚染された牛乳を飲んだ子どもたちが内部被ばくを生じ、何年も後になって甲状腺がん患者が増えたと考えられています。
図2 外部被ばくと内部被ばく
なぜ甲状腺が問題に?
甲状腺ホルモンの大切な原料がヨウ素(ヨード)で、甲状腺はヨウ素を積極的に取り込むようにできています。そのため、肺や消化管から体内に取り込まれた放射性ヨウ素(ヨウ素131)の10~30%が甲状腺に溜まってしまいます。特に、発がんの危険性が高い乳幼児の内部被ばくが問題となります。
安定ヨウ素剤とは?
被ばく後、速やかに外部から安定ヨウ素剤(医薬品ヨウ素カリウム)を投与することによって、甲状腺でのヨウ素の取り込みを飽和してしまえば、放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みが抑えられます。安定ヨウ素剤の投与は、40歳未満、特に乳幼児や小児、妊婦が対象になります。日本では、原子力災害発生時に地方自治体から配布されることになっています。
図3 甲状腺の内部被ばく
安定ヨウ素剤の効果は?
放射性ヨウ素が体内に入る直前の24時間以内、または直後に安定ヨウ素剤を服用すると、放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みを90%以上抑えることができます。8時間以内であれば約40%、24時間以降では約7%を抑えると報告されています。この安定ヨウ素剤の予防効果は約1日です。40歳以上では甲状腺疾患の予防効果は少ないと考えられています。
昆布のヨウ素含有量はどの位ですか?
仮に食品で換算すると、例えばおしゃぶり昆布や真昆布100g当たり約200mg(100~300mg)のヨウ素が含まれているので、小児(3~13歳)のヨウ素剤の推奨投与38mgは昆布だとだいたい20gに相当することになります。しかし、「安定ヨウ素剤」の代わりに「昆布」を摂取することで放射性ヨウ素の取り込みを効率よく予防できるかどうかは明らかになっていません。なお、医療用うがい薬の中には、原液のヨウ素含有量が1ml当たり7mgのものもありますが、あくまでうがい専用で飲み込んだ際の安全性は考慮されておらず、経口服用は避けるべきです。
放射性物質の種類と健康障害
あまり聞きなれない放射性物質の名前が新聞に出てきます。健康への影響が大きいものを挙げると、前述したヨウ素131は主にβ線を出し、半減期が8日間です。ストロンチウム90は半減期29年でβ線を出し、内部被ばくすると骨のカルシウムと置き換わって蓄積します。セシウム137は体内に取り込まれ易い物質で筋肉に沈着、半減期約30年(体内での半減期は70日以下)。プルトニウム239は半減期がなんと2万4000年、内部被ばくすると肺に蓄積し、α線による発がん性を示します。
人体に対する放射線の強さの単位は?
照射線の強さの単位、シーベルト(Sv)は、主として人体に対する危険度を表す単位です。100ミリシーベルトは0.1シーベルト、1000ミリシーベルトは1シーベルトとなります。水や食物の放射線汚染にはベクレル(Bq)という単位が使われます。放射線粒子の拡がる範囲はいつも同心円とは限らず、むしろ風向きが大きく影響します。
1日も早く事態が収拾することを願っています。