日本デー2024スペシャルゲスト ヒグチアイ 独占インタビュー
日本デーのステージには毎年日本から豪華アーティストが招待され、フィナーレの打ち上げ花火に向けて歌と音楽で観客を盛り上げてくれる。2024年は、アニメ「進撃の巨人 The Final Season Part 2」のエンディングテーマ「悪魔の子」で知られる、シンガーソングライターのヒグチアイさんが登場!初のドイツ・欧州公演で来独したヒグチさんに、作品への思いやドイツの印象など、たっぷりお話を伺った。
(文:ドイツニュースダイジェスト編集部、協力:ケルン日本文化会館)
ヒグチアイAi Higuchi
シンガーソングライター。香川生まれ、長野育ち、東京在住。2歳からクラシックピアノを習い、さまざまな楽器や音楽に触れる。18歳より鍵盤弾き語りをメインとして活動を開始し、2016年にアルバム「百六十度」でメジャーデビュー。圧倒的な説得力を持って迫る、歌うようなピアノとまっすぐに伸びるアルトボイスが魅力。
www.higuchiai.com
「進撃の巨人」から考えた戦争のこと
東京にさみしく生きる地方出身者、未練たらたらの失恋に苦しむ人、いじめられていた過去を持つ人。自身の半径3メートル以内を歌にしてきたというヒグチアイさんの楽曲の数々は、人生の暗い部分を知る人々の感情や経験を時に生々しく表現しつつも、どこか希望を感じられるのが魅力の一つだ。「進撃の巨人」(※)は世界の残酷さを描いたダークファンタジーだが、ヒグチさんがエンディングテーマに抜てきされたのは、作品のイメージとヒグチさんの作風にある種の親和性があるからかもしれない。自身が選ばれたことに対して、ヒグチさんはこう解釈する。
「『進撃の巨人』のテーマソングを担当するアーティストは、それまでほとんどが男性だったんですね。でも物語が進んでいくにつれて流れが複雑になっていったときに、作品が扱うテーマがエレン(主人公)が強いとか、何かを倒すということだけではなくなってきたと思うんです。そういう背景があって、制作側に『男の人が強く歌う』みたいじゃない部分をエンディングテーマで見せたいという気持ちがあったのかもしれません」
いざ作曲に取り掛かるも、物語が扱う「戦争」というテーマの大きさに戸惑いがあったというヒグチさん。「実際の戦争を体験したわけではないからこそ、分かったようなふりをしないようにしようと思っていました。そもそも『戦争』という言葉を歌詞に入れるのすら、どうしようかなと。でも少しずつ戦争というものをひも解いていったとき、例えばいじめだったりなんかこの人嫌いだなと思ったり、そうした身近なことから争いに発展することがあるなと思って。そこをスタート地点にすれば自分の言葉で歌えるかもしれない、自分のように戦争を知らない人にも戦争を身近に感じてもらえるかもしれないと思いました」。そうして生まれた楽曲「悪魔の子」は、分からないながらも戦争について向き合い、自分の周りのことを歌にしてきたヒグチさんらしい作品に仕上がった。
しかし2022年1月に「悪魔の子」がリリースされた直後、戦争が一気に身近になった出来事が起こる。ロシアによるウクライナ侵攻の開始である。「♪鉄の雨が 降り散る情景 テレビの中 映画に見えたんだ 戦争なんて 愚かな凶暴 関係ない 知らない国の話」。これは「悪魔の子」の歌詞の一節だが、突然それが現実のものとなってしまったのだ。あまりにもタイムリーだったため、「悪魔の子」のYouTubeにはウクライナ関連のコメントが相次いだという。「とても怖かったです。例えるなら街中で演説をしていて、これまでは通り過ぎていく人もいたのに、戦争が身近になったことで突然全員がこっちを見ているような感覚でした」とヒグチさん。ある日突然始まる戦争の恐ろしさを身をもって実感したと話す。
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「どうやったら世界平和が実現するのかを考えたとき、片方の手が隣の人の手をつかんでいけば、結果的に全員と手をつなげるんじゃないかって思います。だから一番近くの人に片方の手を差し伸べることが、誰かを大切にすることにつながるのではないかなと。もちろん難しいことだって分かってるんですけどね……」
「♪世界は残酷だ それでも君を愛すよ なにを犠牲にしても それでも君を守るよ」。すぐそばにいる人を大切にすることが、やがて世界平和へとつながる。ヒグチさんの思いは「悪魔の子」の歌詞にしっかりと刻み込まれている。
※2009年9月から2021年4月まで「別冊少年マガジン」(講談社)で連載された、諫山創によるマンガ。絶滅の危機に立たされた人類と巨人との戦いを描く。全世界の累計発行部数は1億部を超え、アニメも大ヒットした。
ドイツと日本ってどこか似てる⁉
今回ヒグチさんは、フランクフルトの日本映画祭「ニッポン・コネクション」、ケルン日本文化会館のコンサート、そして日本デーのライブと三つのステージに出演するために来独した。仕事でもプライベートでも、ドイツを含む欧州に来たのは初めて。空気、音、風景、人……日本とは「何から何まで違う」と話しつつも、「ドイツに来てみて、日本と何かが感覚的に近いなという気がしました」とヒグチさんは言う。
「コンサートの聴き方が日本の人に似てるなと。自分が演奏しているときに、『今ものすごく静かだな』というのが分かるんですけど、その静寂感がとても似ていました。決して言葉(日本語)が分かっているわけではないと思うのですが、何かしらを理解してくれようというのが伝わってきましたね」
5月31日にケルン日本文化会館のコンサートでは、時にドイツ語も交えたトークで会場を盛り上げた
初めて触れたドイツ語の響きについても、「息が多い言葉なのか、聞いていて静か。でも笑い声がめちゃくちゃ大きい人もいますよね(笑)」とのこと。日本とドイツは昔からよく似ているといわれるが、そんな日独の共通点を感じたヒグチさんは「ドイツの方も日本に来たら、何か安心するようなところがあるんじゃないかと思います」と、ドイツのファンたちにもぜひ日本を訪れてほしいと話してくれた。
東京の好きなところ、でも故郷もやっぱりおすすめ
現在東京に住むヒグチさんだが、自身の楽曲「東京」や「東京にて」をはじめ、東京が登場する作品がいくつもある。それらの楽曲では、地方出身者であるヒグチさんのちょっと違った視点から見た東京も描かれている。
「一時期、渋谷区の観光フェローとして観光PR活動をしていたことがありました。そのときに聞いた話なのですが、人がいっぱい来るのに留まることがないのが渋谷だと。たしかにスクランブル交差点もあるし、ハチ公もあるんだけど、みんなそれを見てどこかへ行ってしまう。それをどうしたらいいだろうかという話でした。そもそも東京っていろいろなものを『崩して立てて崩して立てて』というのを繰り返していますよね。風景があまりにも変わり過ぎて、『この建物ってあのとき見たよな』とか『ここにこの道があってこのホテルに泊まったな』みたいな感覚が結構少ない。だから、誰かの思い出に残りにくい街だと思っていて。でもその破壊されて再生されていくところが、私の東京のとっても好きな部分なんです」
来るたびに新しいものが見られるという東京の魅力を語ってくれたヒグチさん。しかし一番のおすすめの場所は、故郷の長野県にあると太鼓判を押す。
「長野駅からバスで1時間くらいのところに、
戸隠
(
とがくし
)
という村があって、そこにめちゃくちゃ大きいスギの木があるんです。大きなスギの木が3本あって並木道もあるんですけど、人間の世界ではない感じがして……とにかく圧倒されます。17時くらいには暗くなってしまうので、早めに行くのがおすすめです!」。
また長野はそばの名産地として知られるが、戸隠は特別においしいのだとか。ぜひいつか足を運んでみたい。
これからのヒグチアイ
今年1月、ヒグチさんは5thアルバム「未成線上」を発表した。これまではとことん暗くなったり人生に絶望したりと後ろ向きな曲も多かったが、このアルバムでは歳を重ねて一山越えたヒグチアイを聴くことができる。一方で、音楽活動をするなかで自分の中に変わらないものがあると話す。
「前向きなものに関して、昔よりも書くことに抵抗がなくなってきました。ただ、今が頂上だとして、この先下がることがあるって絶対に考えちゃう。どんなに幸せなときでも、次の不幸せを考えているところは昔から変わらない性格ですね。暗いときがあるから幸せになれると思っているので、不幸せのときはポイントを貯めている感覚。不幸せポイントを貯めて、いつか大きな幸せに還元するんです(笑)」
「悪魔の子」によって世界的に注目されたヒグチさんだが、人生がそこで終わるわけではなく、これからもずっと続いていく。この先どう音楽活動を続けるのかを考えることは、ヒグチさんにとって試練の一つだった。その葛藤から生まれたのが、最新アルバムに収録された「大航海」だ。
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「どうしたら自分がこのまま歌を歌い続けたいと思えるのか。歌でなくても、なんでもいいから何かをやりたいと思いながら人生を歩んでいけることが大事だと思っていて。もしやめるときが来ても、『やめたい』ではなく『新しいことをやりたい』と思って違う道に進めたら一番いいなと思います。だから、好きだなっていう気持ちに対して敏感でいたい。今34歳になって、そう思えることがだんだん減ってきている気がするので……」
「大航海」のサビで歌われる「♪衝動よ 感動よ わたしを置いていかないで」という歌詞を聴いていると、いつまでも情熱を失いたくないというヒグチさんのひたむきな姿が見えてくる。新たなスタートを切ったヒグチアイを、これからも追いかけていきたい。
日本デー2024のステージでは、バンドを交えての演奏を披露した