キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の首相候補フリードリヒ・メルツ氏は1月29日、難民規制のための決議案を議会で可決させた。だがメルツ氏は、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の賛成票を容認したことで強く批判されている。
1月31日、入国制限法案の採決で賛成票を投じるメルツ氏(中央)
メルツ氏は、アンゲラ・メルケル前首相が2015年に採用した、人道主義に基づく寛容な難民政策を撤回し、亡命申請者の入国数を大幅に減らすことを狙う。「事実上の難民受け入れ停止」を目指すCDU・CSUの決議案は、次の措置を含む。
- 有効な入国許可を持たない外国人のドイツへの入国を禁止し、国境で追い返す。その外国人が「亡命を希望する」と発言しても、入国を許さない。
- 滞在資格がない外国人を兵営などに収容し、毎日追放する。
- 国境では常に入国検査を行う。
- 連邦政府は、滞在資格がない外国人の国外追放について、州政府を支援する。連邦警察は、出国を義務付けられた外国人の逮捕状を請求できるようにする。
- 滞在資格がない外国人犯罪者や、ドイツの治安を脅かすと見られる外国人は、出国するまで、収容施設に無期限に拘束する。
1月29日に連邦議会で行われた採決では、CDU・CSUがAfD、自由民主党(FDP)、ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)の支援を受けて、過半数を得た。同党がAfDの助けを借りて決議案を議会で採択させたのは、初めてだ。社会民主党(SPD)や緑の党は「タブーを破る行為だ」と強く批判。両党は、メルツ氏の難民規制案は憲法やEU(欧州連合)法に違反すると主張する。メルケル前首相も「メルツ氏は、AfDと協力しないという昨年11月に行った約束を守るべきだ」と異例の発言を行った。
背景は無差別殺傷事件の多発
メルツ氏が連邦議会で決議案を採択させた理由は、昨年から外国人による無差別殺傷事件が頻発しているからだ。昨年5月31日には、マンハイムでアフガニスタンからの難民が警察官1人をナイフで殺害し、5人に重傷を負わせた。8月にはゾーリンゲンでシリア難民がナイフで3人を殺害し、8人が重軽傷を負った。12月にはマクデブルクで、サウジアラビア人の元難民の医師が、車でクリスマス市場に突っ込み、6人を死亡させ、約300人に重軽傷を負わせた。今年1月にはアシャッフェンブルクの公園でアフガニスタン人の難民が2歳の幼児と41歳の通行人をナイフで殺害し、3人に重傷を負わせている。
アシャッフェンブルクの犯人は、2年前にドイツで亡命申請を却下されていた。それにもかかわらず国外退去処分を免れ、罪のない市民の命を奪った。行政当局や警察の連絡ミスや人員不足が原因とみられるが、多くの市民が不安を感じている。メルツ氏は、「現在のドイツの亡命申請者・難民に関するシステムは、市民の危険を脅かしている。連邦議会は、この現実を直視して行動しなくてはならない」と主張する。この決議は一種の意思表示であり法的な拘束力はない。CDU・CSUは1月31日に、やはりAfDの賛成票を使って「入国制限法案」を連邦議会で可決させようとしたが過半数を得ることができず、法案は否決された。
連邦議会選挙にも大きな影響
メルツ氏は1月29日の決議を巡り、強く批判されている。彼はこれまで、「AfDとは絶対に連立、協力、提携しない」と繰り返してきた。だが彼はAfDの支援を受けて法案を通過させることを、黙認した。同30日には各地でCDU・CSUに対する抗議デモが行われたほか、ユダヤ人の著述家ミヒェル・フリードマンは、「AfDとの協力は破局だ」としてCDUを離党した。
アシャッフェンブルクの事件以降、難民規制は連邦議会選挙で最大の争点の一つとなった。頻発する難民による殺傷事件の影響で、CDU・CSUの難民政策が、AfDの政策に急速に近づいている。メルツ氏は、「今思い切った行動を取らなければ、連邦議会選挙でAfDに大量の票を奪われる」と危惧している。実際、1月に公表された政党支持率調査によると、CDU・CSUへの支持率は昨年12月の36%から1月には34%に、AfDへの支持率は12月の18%から1月には20%になった。メルツ氏にとっての警告信号だ。
メルツ氏の改革案は、政治的なリスクを含む。EUのダブリン協定によると、加盟国は亡命申請を希望する外国人の出身国の調査などを行わずに、入国を拒否して追い返すことを禁止されている。さらにシェンゲン協定に参加している国は、国境での入国検査を常時行うことも禁じられている。だがEU法では、加盟国が「非常事態が起きた」と判断したときに限り、EU法の規定から逸脱して独自の政策を取ることを許している。メルツ氏は「EUの難民規定は機能不全を起こしているので、ドイツには独自の行動を取る権利がある」と考えている。ただし、将来人権団体などが「メルツ氏の措置はEU法に違反する」として欧州裁判所に提訴した場合、独政府が勝つ保証はない。これまで欧州裁判所は、非常事態を理由とした、加盟国の例外措置を全て違法とする判決を下している。
また、難民政策を巡ってCDU・CSUとSPD・緑の党の対立がエスカレートした場合、連立交渉の障壁となる可能性もある。メルツ氏は選挙に勝っても、これらの党と連立しなくては、首相になれない。メルツ氏の改革は、難民による暴力事件を減らせるのか。そして有権者は投票日にどのような判断を下すだろうか。